柳十兵衛 落ち武者騒動を解決する 1

「これが落ち武者騒動の元凶だ」

 そう言って十兵衛が指し示したもの――それは木の陰に隠されるように積まれていた高さ15センチほどの小さな石の山であった。

 これに李全は困惑する。

「ほ、本気で言っているのか?こんな子供が遊びで作ったようなものが……」

 李全の戸惑いも当然だろう。なにせ見た目は本当にただの小石の山なのだから。だが十兵衛はこれこそが元凶であると自信を持って断言する。

「まぁそう見えないのはわかる。だがこれは『石塔』といって、れっきとした死者の霊魂を呼び起こすための術式だ。かなり古い術式でな、聞いた話だが千年近く昔に大陸や朝鮮あたりから伝わってきたものらしい。俺も実際に使われているところを見るのは初めてだ」

「千年!?そんなもの、本当に効果があるのか!?」

「元をたどればそれほど古いという話だ。当然改良はしてるだろうよ。『依り代』なんかがまさにその例だ」

 李全が「どういうことだ?」と尋ねると十兵衛は解説を続けた。

「この『石塔』という術式、作られたのが相当昔だからか精度はそれほど高くなかったらしい。実際に使う時は複数の石塔で効果を高めたり、『口寄せ師』や『梓弓』のような補助を併用していたと聞く。今回の場合は『依り代』だな。この石塔でこの地に眠る死者の魂を呼び起こし、そしてそれを依り代に定着させることで長期間姿かたちを維持させていたんだ。そしてこれは落ち武者たちが一定の範囲内でだけ目撃されていたことの説明にもなる」

「えっ?……あっ、そうか。この術式から離れられなかったのか」

「そういうことだ。おそらく依り代の精度が低いんだろう。術式の範囲を出てしまえば即座に霊魂の定着が薄れ、成仏してしまう。落ち武者たちもそれを直感で分かっているのだろう。だから術式の外には出ようとせず、除霊できる俺の刀を見ると逃げ出したというわけだ」

「そういうことだったのか……」

 十兵衛の解説になるほどとうなずく李全。するとここで彼はある一つの可能性に気付いた。

「……ん!ということはこの石の山さえ崩してしまえば落ち武者たちは勝手に消えていくのではないか!?」

 落ち武者たちの体の維持にはこの石塔が必要だ。ならばこの石塔を崩してしまえば落ち武者たちは勝手に成仏していくのではないか。

 この考えに十兵衛は控えめに頷いた。

「まぁない話ではないな」

「よし!そうと決まれば……!」

 早速石塔を崩そうとする李全。しかしそれを十兵衛が止める。

「いやいや、ちょっと待て」

「待てだと?何を待つ必要がある?これさえ崩せばすべて解決ではないか!」

「落ち着け。あくまで推察の話だ。それに何よりまだこれを誰が仕掛けたのかがわかっていない。相手の目的がわからなければ同じことを繰り返すだけだぞ」

 『石塔』に『依り代』。その存在が指し示すものは落ち武者たちの出現が自然発生的なそれではなく、誰かが意図してやったものだということだ。誰が何のために。その根本的なところを解決しないことには同様の事例が起きることは想像に難くない。故に慎重に調査を続けるべきだというのが十兵衛の主張である。

 李全もそこは理解したのか、石塔を崩すことは寸でのところで踏みとどまる。だが不満は未だ燻っていたようで、李全はついつい思いのままに叫んでしまった。

「目的だと!?そんなもの、江戸の連中が師僧を貶めるために決まっているだろう!」

 十兵衛は驚く、というよりは半分呆れたような様子でこれを受け止めた。

「……何となくお前がそう思っているのだろうなとは思っていたさ。立場を考えればそれも仕方がない。それにしても……ちょっと気になっていたんだが、お前はちょっと江戸を意識しすぎではないか?何か思い当たるところでもあるのか?」

 十兵衛の問いかけに李全は「うっ」と言葉を詰まらせる。それはもう何かあると言っているようなものだった。

 李全はそれからしばらく口をつぐんでいたが、やがて根負けしたかのように溜息を一つ吐いた。

「……はぁ、わかったよ。今現在師僧が置かれている状況、それを教えてやる」

 そう言うと李全は近くの木の根元に腰を下ろした。


 腰を下ろした李全は話の切り口をどこにするか少し考えてから改めて口を開いた。

「……師僧(沢庵)が江戸の御公儀から快く思われていないことは知っているな?」

「まぁ一応な。だがそれは立場上仕方のないことだろう」

 現在の江戸幕府の政治方針は将軍への権力の一元化である。これは単なる支配欲から来るものではなく、他の勢力の台頭を防ぐことで新たな戦争を回避することを目的としていた。そのため幕府は各地の有力武将はもちろん朝廷や寺社勢力に対しても各種法令を発布してその行動・権力に制限をかけている。

 ただどんな理由であれ支配される方からすれば気分のいいものではないだろう。加えてまだまだ戦国の記憶も新鮮な頃である。今はただ服従していればいいかもしれないが不要と判断されれば一族郎党皆殺しなんてこともないとは言い切れない。そんな中で快く権力を手放せる者などどれだけいるのだろうか。

 つまり残念ながら沢庵のような勢力が御公儀に対して懐疑的になるのは当然のことであり、そしてそんな沢庵らを御公儀側が快く思わないのもまた当然の流れであった。

「しかし険悪な仲とはいえ何でもかんでも江戸が黒幕だというのは少し暴論過ぎではないか?」

「確かにお前の言う通りすべての事件の裏に江戸の御公儀が絡んでいると考えるのは過ぎたことだろう。だが今回のは違う。今回の事件は一歩間違えれば師僧の責任問題になりかねない事態なんだ」

「んん?どういうことだ?」

 いまいち全体像が見えてこない十兵衛に李全が説明を続ける。

「お前は出石から京方面へと続く道があるというのは知っているか?」

「何だ急に。……まぁ話くらいは聞いている。どこにあるのかは知らないがな」

「そう遠くはないさ。先の炭焼き小屋の近くに出石川という川が流れていると言ったよな?あの川に沿って西に進むとやがて丹波の福知山や綾部まで行くことができるんだ」

 福知山も綾部も共に現在の京都府・福知山盆地周辺にあった地区である。京都ということはもちろんここから朝廷のある都まで続く道もあった。

「ほう。存外近くにあったのだな」

「まぁ獣道同然の道だし今では海路などもあるからあまり使う人はいないがな。だがそれでも京へと続く貴重な道だ。雪で埋もれてない季節なら月に数人程度ではあるが往来もある。その通行人が件の落ち武者に襲われたらその責任は誰にある?」

「……確かに街道整備を怠ったと見られれば責任問題になるかもしれないな」

「襲われたのが単なる山伏や行商人ならまだマシだ。もしそれが師僧の調査に来た江戸の役人などだったら……」

 ここに来てようやく十兵衛も李全らが何を恐れているのかに気付いた。

「……なるほど。最悪の場合江戸御公儀に手を上げたと見られてもおかしくないということか。そしてお前らはこの術式を……」

「ああ、そうだ。この落ち武者騒動が江戸の自作自演なのではないかと危惧している」


 李全の懸念はこうだった。

 沢庵の寺の裏手の山で落ち武者が出る。その山の近くには街道があり、そこを通った人がその落ち武者に襲われる。街道の安全整備をおろそかにしたというならばその責任者は裁かれかねない。この場合は第一の責任者は出石城の城主だろうが、すぐ近くの寺ということで沢庵の責任もかなり追及されることだろう。そしてもしこれが江戸幕府の関係者ならば話はかなりややこしくなる。というのも沢庵は以前より幕府から距離を取る姿勢を取っていたからだ。

 沢庵は元来権力になびかない人間だった。当然幕府からすれば気に食わない人物である。そんな関係性の中、沢庵の近辺で幕府の者が襲われればそれは手を上げてきたと見られてもおかしくはない。幕府に手を上げたとなれば当然その身柄は確保される。沢庵を手中に収めればそれは朝廷や他の寺社勢力にとって大きな牽制となるだろう。

 そんな幕府にとっては非常に都合のいい展開――李全はその一連の流れがすべて江戸の自作自演なのではないかと危惧していたのだ。

「今回の件で得をする者。江戸以外に誰がいる?」

「……ここから江戸はかなり離れているぞ?」

「他にこんな手の込んだ術式とやらを使うやつに心当たりがあるのか?」

「それは……」

 思案する十兵衛。認めたくはないが確かに規模的にも情況的にも背後に江戸の影があってもおかしな話ではない。だがだからといって断言するにはまだ早いとも感じた。

「……お前の言い分はわかった。だがやはりそれを江戸のせいだとするのは性急すぎる」

「何だと!?そんなことを言ってお前はただ単に江戸をかばい立てたいだけじゃないのか!?」

「そんなわけないだろう!」

 徐々に熱が入ってくる二人。そのまま睨み合いに発展しあわや一触即発の空気となるが、幸いにも両者の睨み合いは一つの奇声によって遮られた。

「シャァァァァッ!」

「なっ!?」

 慌てて声のした方に目をやれば、広場の対岸に立っていたのはまた別の一体の落ち武者であった。その落ち武者は奇声を一つ上げると他の落ち武者同様に山の奥の方に逃げて行く。おそらく十兵衛の除霊の刀に反応したのだろう。

 睨み合っていたせいで取り逃した二人は互いに顔を見合ったのち、呆れたようにため息をついた。

「ちっ。馬鹿なことをした……。おい、ここはひとまず休戦にして和尚に判断を仰ぐというのはどうだ?」

「師僧にか?」

「ああ。和尚なら俺たちよりもはるかによく『知っている』はずだ。いい答えを貰えるだろうし、何より和尚の言葉なら互いに納得できるだろう?」

「……江戸から来たお前を信用しろというのか?」

「しなかったら互いに面倒なことになるだけだ。周りの人も含めてな」

 再度視線を交錯させる二人であったが、今回はさすがに李全の方が身を引いた。

「いいだろう。ただし少しでもおかしなそぶりを見せたら、その時は躊躇なくお前を殺すからな」

「結構だ。やれるもんならやってみろ」

 こうして二人は一時休戦し、沢庵の判断を仰ぐために一路出石の町へと帰還した。

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