柳十兵衛 幽霊退治に励む 4
術式の中心を求めて進んでいた十兵衛たちはとうとうそれらしき場所を見つけ出す。そこはとある山の中腹にある広場のような場所で、なるほどここならば多少の仰々しい術式でも問題なく敷けるくらいのスペースがある場所だった。
何かあるとすればここだろう。しかし十兵衛たちはその手前で立ち止まり、そのまま周囲の草むらに身を潜め中の様子を窺っていた。
「……まぁ術式の規模からしてあの一体だけのはずがないよな」
面倒そうにため息をつく十兵衛。その視線の先――広場には先程成仏させたそれとはまた別の落ち武者たちがうろついていた。
その数四体。全員やはり知性などないように彷徨っており、また全員ボロの具足を依り代にしている。
「ちっ、面倒だな」
どう対処したものかと思案する十兵衛。それに李全が何気なく尋ねた。
「先程と同じように刀で成仏させることはできないのか?」
「……できるかできないかで言えば可能だ。だが問題は向こうの数だ。二体までなら不意打ちで仕留められるだろうが残り二体には確実に気付かれる。そこから先の行動が読めない……」
「行動?先程の奴と大差ないように見えるが……」
数分観察した程度であったが広場の落ち武者たちの動きは先程のそれとさほど変わらないように見えた。目的などないように気の向くままに彷徨い、時には一点を見たまま立ち尽くし、またある時は方々に散っていく。特別何かを守っている様子も監視している素振りも見えない。
「やはり考えるだけの頭を持っているようには見えないな。姿を見せたところでまた威嚇するだけか、あるいは逃げ出すだけなんじゃないか?」
「それで済めばいいのだが、一応ここは術式の中心だからな。部外者が現れたとき用に何か特別な命令を仕込んでいたとしてもおかしくはない。実際あいつらはこの広場から出ようとしていないしな」
「そうなのか?どれどれ……」
李全が改めて確認すると確かに十兵衛の言う通り、落ち武者たちは自由にうろつきながらもこの開けた場所から出ないようにしているように見えた。しかしこれはあくまで数分間での観察の上でのことである。この短い時間の間だけ偶然そのように振舞っただけという可能性も十分にあった。
「……考えすぎではないのか?」
「ちっ、自分が戦わないからって気楽に言いやがって。相手はあやかしなんだぞ。油断なんぞしたらこっちの命の方が危ないわ」
十兵衛は改め方への修行中に多くのあやかしや術式を見てきた。一瞬で体が数倍にまで膨れ上がる妖怪変化に、逆に見た目は全然変わらないのに常人の数倍の力が出せるようになる術。そのほかの怪異たちも皆それまでの十兵衛の知る常識をはるかに超えるものばかりであり、世界の広さをまざまざと見せつけられたものだ。
「相手が一体だけならやってやれんこともないが、能力のわからない奴が複数だとな……。なぁ、すまんが一体だけでも引き付けてはくれないか?お前も用心棒として呼ばれたというのなら時間稼ぎくらいはできるだろう?」
李全に助力を乞う十兵衛。これまでの二人の関係からすれば十兵衛がかなり下手に出た行動である。しかし李全はこれに首を振った。
「……悪いが協力はできない」
「ちっ!なんだというのだ!お前だってこの件を解決したいのだろう!ならば少しぐらい手伝ったらどうだ!」
十兵衛の苛立ちはもっともだろう。それを理解しているからこそ李全も苦しそうな表情でこれに返す。
「……師僧(沢庵)に止められているのだ。絶対に手を出してはならんと。お前にも、落ち武者にもだ」
「……和尚がか?」
「ああ。昨日も言われたし、今日も改めて言われた。唯一お前に命の危機があるときならば協力しても構わないと言われているが、今はそれではないだろう?」
「そりゃあ、まぁそこまでではないが……」
思わぬところから出てきた沢庵の名前。やはり沢庵は十兵衛の預かり知れぬところでこの件に深く関わっているようだ。
(まさか和尚がそこまで細かく指示を出していたとはな。和尚に問いただしたいところだが、今はとりあえずこの場をどうにかしなければな……)
「和尚の言いつけならば仕方ない。しかし、うぅん……。さすがに三体まとめて始末するのは難しそうだな……」
あきらめて一人でどうにかしようとする十兵衛。しかしここで李全がぽつりとつぶやいた。
「……少なくとも俺たちの時はあいつらは襲ってはこなかった」
「!?」
驚いた十兵衛は思わず李全の顔を二度見したがそれも当然だろう。道中のあれこれで李全たちがすでに一度調査を行っていたことは知っていた。しかし彼らは何かしらの事情でそれをかたくなに隠し続けていたのだ。
「……どういう心境の変化だ?」
「そんなのどうでもいいだろう。それよりも詳しく聞く気はあるのか?」
李全の目には困惑や躊躇いの色が見えたが人を騙そうという悪意は感じ取れなかった。彼にも彼なりに今回の件に関して思うところがあったのだろう。
「わかった。話してくれ」
十兵衛は警戒しつつも聞き取るために李全の方に身を寄せた。
「お前も気付いているとは思うが、俺たちは過去に数度このあたりを探索していた。正確には……三回だな。そして一回だけだがここにも来ている」
「いつ頃の話だ?それに『たち』ということは複数人で調査に来たのか?」
「いっぺんに訊いてくれるな。まずは時期だが、最初の調査は城から相談を受けてのものだった。確か二月の初めあたりだったはずだ。それまで俺たちは寺の裏の山に落ち武者の霊が出るとはまるで知らなかったんだ。……いや、違うな。落ち武者の噂は聞いていた。ただそれが出たのは町から離れた炭焼き小屋近くだと聞いていたから、わざわざ出向いて調べるほどのことではないと思っていたんだ」
炭焼き小屋は一度町を出て近くの川を上った先にあった。直線距離ではそう遠くないものの、遠回りする都合上あまり近いという印象はなかったのだろう。
「なるほど。それで誰と調査に行ったんだ?」
「俺と城の兵士が三人。それに
李全の言う安明とは昨日今日に寺で会った坊主である。十兵衛が大丈夫だと頷くと李全は話を続けた。
「一回目の調査ではほとんど何もなかった。だが嫌な気配は感じ取っていたから話し合った結果二回目以降はあやかしが出ても対処できる俺と師兄だけで出向くことになった。その二回目は師兄の提案で嫌な気配の中心を探すこととなった。お前の言い方を借りるなら『術式の中心』を探してみることにしたんだ」
「どうやってだ?まさかその安明殿とやらもあやかしの気配を感じ取ることができるのか?」
「いや、たぶんお前ほどではない。師兄はなんとなくわかるだけという感じだった。だから調査では道具を使っていた。俺はその手の者には詳しくないからよくは知らんが、何やら卜占にでも用いるような盤を使って気配の中心を探っていたな。俺たちはこの二回目は情報収集に徹することにし、三回目に十分な装備を整えてその場に向かうことにした。そうしてたどり着いたのがここだったというわけだ。その時もまた今みたいに広場には落ち武者たちがいた。数も今回と同じ四体だ」
李全はちらと広場を見る。そこには未だ四体の落ち武者たちが意思もなくうろついていた。
「あの時と同一個体かまではわからんが、見たところ動きは前見た奴らと同じように見える」
「なるほど、覚えておこう。その後はどうしたんだ?調査をしたと言っていたが……」
「調査と言えるほど立派なものではないが、俺たちはとりあえず元凶らしきものを探すことにした。奴らに見つからないように、今みたいに周囲の木々に隠れながらぐるりと一周回ってみたのだがそれらしきものは見つけられず、逆にこっちが落ち武者共に見つかって先のように威嚇されたんだ」
「威嚇……」
「そう、威嚇だけだ。あの時命の危険を感じた俺と師兄は一目散に逃げ出したが奴らは追っては来なかった。その時は俺たちがうまく逃げられたのだと思ったのだが、今思えばあれは近付いてすらいなかったのだな。あいつらは今までの報告通り一定の距離で威嚇をするだけだった。そしておそらく今回も……。……どうだ?役に立ちそうか?」
話せたことで少し気が楽になったのか、気持ちスッキリとした表情の李全に十兵衛は力強く頷いた。
「ああ、それだけわかれば十分だ。あとは任せてくれ」
そう言うと十兵衛は李全をその場に残して襲撃に都合のいい位置に向かう。程よい茂みの陰に隠れた十兵衛は周囲に気を配りながら大小両刀に酒を振りかけてその時を待つ。
やがて何も知らない二体の落ち武者たちが十兵衛の間合いに入った。十兵衛は躊躇うことなく広場へと躍り出た。
今度はわざわざ声をかけてやる義理もない。茂みから飛び出した十兵衛は早速抜刀一閃、完全に油断していた落ち武者の胴体部に刀を通す。
「はあぁぁぁっ!」
「グキャッ!?」
相手は幽霊であるため肉を切るような手応えはなかったが、十兵衛の手にはしっかりと霊体が切断される感触が返ってきた。
(よし、いけるな……!)
糸が切れた人形のように崩れ落ちる一体目の落ち武者。その脇を抜けて十兵衛は最短距離で二体目に詰め寄る。
「……ガァッ!?」
二体目は急に現れた同胞以外の気配に驚いたように固まっていた。その隙に大きく踏み込み懐に入った十兵衛であったが、こちらはあいにく互いの体勢と鎧の位置とが悪く一刀で仕留められそうにない。
それを見切るや十兵衛は迷わず相手の触れることのできる部分――胸当ての部分を掌底で小突いた。相手は霊体であったが依り代を持っているのならそれに引っ張られる。結果二体目の体勢は崩れ、がら空きとなった右脇下から左肩にかけて、いわゆる逆袈裟に十兵衛の刀が振り抜かれた。こちらも肉の手応えはなかったが確実に何かを切った気配はあった。
(さて、こいつも仕留めたが……)
しかし不意打ちが通用するのはここまでだった。
残り二体、彼らの光なき瞳はしっかりと十兵衛を捕らえていた。そしてその十兵衛は丁度刀を振り切ったところであり体勢は悪し。ここで二体同時に襲ってきたりでもしたらさすがの十兵衛でも捌くのに手こずることだろう。
だがそうはならなかった。
「ガァッ!」
「ヒャアッ!」
ここで残った二体は一目散に逃げようとする。威嚇もせずに逃げ出したのはおそらく先の落ち武者と同じで、除霊の力を込めた刀に何かを感じ取ったのだろう。そしてそれは……。
「想定内だ!」
二体とも背を向けたことを確認すると十兵衛はまず一番遠くにいる落ち武者に向かって脇差を投げようと振りかぶる。先程は木々という障害物があったためコントロール重視で投げたがこの広場ならばそこは気にしなくてもよい。十兵衛は振りかぶった脇差を力の限り投げつけると結果も見ずに残るもう一体の方に駆けだした。
逃げ出した最後の一体はまもなく広場から抜けようとしているところだった。このまま獣道に逃げ込まれたら少々面倒なことになるだろう。十兵衛は迷わず距離を詰め、最後は目一杯に腕を伸ばして背中に一突き浴びせ無力化させた。
横目で三体目を見ればそちらも投げた脇差が致命傷になったようで、ちょうど膝から崩れ落ちるところであった。
十兵衛は最後に周囲を一瞥する。広場にて立っている人物は十兵衛だけであり、四体の落ち武者たちはすべて地に伏し昇天の時を待っている。冬の天は高く吹く風は冷たく、十兵衛がふぅと吐いた息は白い靄を作り、そして惜しむ間もなく消えていった。
「……終わったのか?」
二呼吸ほど置いて現れたのは隠れていた李全であった。李全は成仏しかけている落ち武者たちを眺めて畏怖とも感嘆ともつかぬ口調でつぶやいた。
「お前の方がよっぽど化け物だ」
十兵衛はこれに「誉め言葉だ」と言って笑って見せた。
強襲は一分にも満たない時間で見事成功裏に幕を閉じた。
四体の落ち武者たちがそれぞれ無事成仏すると、十兵衛は先程と同じように依り代の具足を処理して広場に埋めた。これで一段落したのだが今回の目的はこれで終わりではない。手を合わせ祈り終えた十兵衛たちは改めて静かになった広場を一瞥する。
「やはりそれらしき形跡は見当たらないな……」
がっかりしたようにつぶやいたのは李全であった。改めて周囲を眺めてみるものの木々も地面の起伏もどれも自然にできたもので儀式的な雰囲気は感じられない。
無駄足だったのではと肩を落とす李全であったが、これに十兵衛はさらりと返した。
「おや、お前にはわからないのか?」
「ん?その言い方だと何か見つけたのか!?」
「ああ、もちろん。まぁこれは知らないとわからないだろうな。こっちだ。ついて来い」
「あっ、おい!待て!」
どうやら何かを見つけたらしい十兵衛。そのあとをついていくと十兵衛は広場外縁に立つ一本の木の前で立ち止まった。
「木?確かにそこそこ大きな木だが、これに何かあるのか?」
「木そのものじゃない。根元のところを見てみろ。ほら、これだ」
「根元だと?何もないようだが……」
十兵衛に指示され木の根元付近を見る李全。しかしそこは太い根が露出しているくらいで別段おかしなところは見受けられない。何も見つけられない李全は思わず眉根を寄せる。
(何かあるようには見えないが……。まさか特別な目がなければ見えないものじゃないだろうな……?)
訝しむ李全であったが彼はやがてある者を目に留めた。それは自然にできたとは思えないもので、木の根の陰に風雨にさらされないように隠されていた。
だがこれが自分たちが探していた術式のようには見えなかった。
「……これか?えっ、いやまさか、こんなものが……?」
戸惑う李全であったが、それを見て十兵衛が笑った。
「おぉそれだ。それが今回の元凶となった術式だ」
「なっ!?本気で言っているのか!?」
「あぁ本気だとも。これが俺たちが探していたものだ」
十兵衛の言葉に李全は愕然とする。なぜならそれはなんてことない、十数個の小石を重ねて山にしたものだったからだ。
大きさは両手の平に乗るくらいで、子供が作ったと言われてもおかしくない小さな石の山。十兵衛によるとこれこそが出石の町を騒がせた幽霊騒動――その元凶となる術式であるとのことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます