柳新左衛門 協力関係が崩壊す 1

 宮宿にて手分けして聞き込みを行っていた新左衛門たち。やがて集合の時刻となり彼らは一度北門へと集まったのだが、いくら待てども定春が戻ってくる気配がない。

「そろそろ半刻ほどですか。さすがに遅すぎますね」

 心配そうに顔を見合う新左衛門と正通。ただし彼らの心配は単純なそれだけではない。

「やはり探した方がいいでしょうか」

「そうだな。何かあったら俺たちも巻き添えになりかねないからな」

 昨日今日の仲とはいえ一応定春と新左衛門たちは手を組んでいる。そのため何かあれば新左衛門らも仲間とみなされ同心らに捕らえられてしまう恐れがある。助けるにしろ見捨てるにしろ、それを防ぐためにはまずはとにかく定春を見つけなければならない。

「確か定春殿の担当場所は町の港のあたりでしたよね」

「ああ。ここからだと町の反対側だな。ガラの悪い連中が多いだろうからあまり目立つような真似はするなよ」

「わかりました。では急ぎましょうか」

 二人は半分は定春の身を案じて、もう半分は保身のために帰ってこない定春を探しに出かけることにした。


 ここ宮宿は伊勢湾の北部沿岸に位置する宿場である。有名なのは旅人を乗せて伊勢国・桑名宿まで運ぶ七里の渡しであったが名古屋に近い港町ということもあり物流のための舟の出入りも多かった。何ならこの頃はまだ一般人の旅行は全盛期ではなかったため舟や人夫も荷物用のそれの方が多いくらいであった。

 そんな波止場通りにやってきた新左衛門たちは周囲をざっと見渡し、そして面倒そうな顔をした。

「やれやれ。これは存外骨が折れるかもしれないな」

 新左衛門らが顔をしかめたのはその広さと人の多さにである。元より宮宿は東海道有数の宿場。ならばその波止場もそれに見合った規模になるのは必然のことである。

 加えてここにいる人たちの見た目も問題であった。ここに住まう人夫の仕事は荷物の上げ下ろし、つまりは力仕事かつ単純作業である。そのためか彼らの見た目は一様に筋骨隆々でどこか荒々しい雰囲気があり、言ってしまえば皆定春に近い外見をしていた。

 そもそも定春の担当をここにしたのは、彼の風貌ならここの人たちに紛れることができるから目立たないだろうと目論んでのことだ。だが今はその作戦が仇となっていた。

「これはうっかりすると見落としてしまうかもしれませんね」

「仕方がない。とりあえずは通りの端まで歩いてみるか。こっちが気付けなくとも向こうが気付くかもしれないしな」

 こうして二人は同心や人夫たちに怪しまれないように、それでいて注意深く波止場の通りを歩き出した。


 しばらく歩いて分かったことは、このあたりが非常に落ち着いているということ――何か事件が起こったような気配はなかったということだ。

 いくらここが普段から粗雑な雰囲気を持つ区域だとしても、外から来た定春が一悶着起こしていたらそれなりの騒ぎになっているはず。それがないということは少なくともここで新左衛門らが危惧していたような事件は起きていないということだ。

 だがそれなら定春はどこにいるのか?

「ここまで手掛かりらしきものはなし……入れ違いになってしまったか?」

 まもなく波止場も端である。新左衛門らが(ここはひとつ引き返すか)などと思案していると、ふと新左衛門の目が見知った顔を捕らえた。

(あれは猿之助殿……?)

 見つけたのは門之助の部下である猿之助。彼は新左衛門と目を合わせないように立っており、そして左手でさりげなく一軒の小屋を指差していた。

(猿之助殿は確か定春殿の監視をしていると言っていたな。ということは……)

 そう思案している最中正通が声をかけてくる。

「ん?どうかしたか、新左衛門殿。見つけたのか?」

「あ、いえ。今どこからか定春殿らしき声が……こちらの小屋からでしょうか?」

 新左衛門は猿之助が指し示していた小屋を指差した。小屋は十六畳ほどの中型の掘っ立て小屋で、新左衛門たちからはそれの裏手側が見えていた。なおこの時すでに猿之助は姿を消していた。

「本当か?どれ、ここだな……」

 正通は窓のそばに近付き聞き耳を立てる。中では真昼間から酒盛りでもしているのか男たちの陽気な声がした。そしてその中には確かに定春らしい笑い声があった。

 頷き合った二人はぐるりと入口の方にまで回る。すると都合よく戸は半分あいていた。そこから中を覗けば六人ほどの男たちの輪の中に定春の姿が見えた。


「定春殿!ここいいたのか!」

 正通が名を呼ぶと男たちはぼんやりとした目でこちらを向いた。

「おぉ……誰だ?誰かの知り合いか?」

「あん?……おぉお前らか。えっと、正通と……何とかっていう坊主。どうしたんだ、こんなところに来て?」

 赤ら顔でへらへらと手を振る定春。どうやらだいぶ出来上がっているようだ。

「お前……酒を飲んでいるのか?」

「ああ、偶然昔馴染みに会ってな。ついつい話し込んでしまったぞ。ははは」

 定春はそう言って隣のいかつい男と楽しそうに肩を組んだ。どうやら事件ではなかったらしい。正通は安堵と定春のあまりの無責任さに頭を抱え大きくため息をついた。

「はぁ……」

「おう、どうした?辛気臭い顔をして」

「どうしたもこうしたもない!お前が約束の時間になっても来ないから探しに来たんだ!」

「約束の時間?まだ八つの鐘は鳴ってないだろ?」

「何を言っている!当の昔に過ぎている。もう半刻は経ってるぞ!」

 これに定春は目を丸くする。どうやら本当に酔って気付かなかったようだ。そして奥にいた気弱そうな男を睨みつける。

「おい!鐘が鳴ったら教えろと言ってただろうが!」

 どうやら定春はこの男に鐘が鳴ったら知らせるようにと言い含めていたようだ。だが男は男でおずおずと反論する。

「い、言いましたよ!鐘が鳴ったって!ですが旦那はまだ大丈夫だって……」

 男曰く彼は八つの鐘が鳴ったと定春に伝えたらしい。しかしその時すでに定春はでき上っておりこれを無視したそうだ。それならば悪いのは定春ということになるが、酔った牢人にそのような理屈は通用しない。

「うるせぇ!言い訳なんかしてんじゃねぇ!」

 そう言うと定春は唐突に、手加減する様子もなく拳を顔面に叩き込んだ。男は油断していたためか勢いよく後方に吹き飛び二三度転がったのち壁にぶつかった。

「がはっ!?」

「なっ!?」

 驚く新左衛門と正通。しかし周囲の他の荒くれ者は驚くことなく、むしろ突如始まった余興を楽しそうに煽っていた。

「おっ、喧嘩か?やれやれ!」

「根性見せろよー!」

 人夫たちの煽りを背に定春は立ち上がって男に近付き、そしてそのまま拳を振り下ろした。

「おらおら、どうした!?根性見せろ!」

「ひぃっ!?やっ……やめっ……!」

 おそらく男は元来喧嘩などをする質ではないのだろう。体を丸め防御姿勢を取り、それを定春が一方的に殴る。それはもはや喧嘩などと呼べるようなものではなかった。男は腕や背中で急所を守ってはいたが所詮は素人の技術。二発に一発は定春の拳がいい所に入り「ぐはぁ」と痛々しい悲鳴を上げていた。

 あまりの光景に一瞬呆けていた正通であったが、ハッと正気に戻ると急いで駆け寄り定春の手を止めた。

「やめろ!抵抗する気のない相手をこれ以上殴って何になる!?」

 定春は目をひん剥いて「あぁん!?」と睨みつける。気持ちよく殴っていたところに横槍が入ったのだ。その顔はひどく不満気であったが、しかし正通も引かない。

「やめろと言ったんだ。騒ぎを起こせばそれを聞きつけて同心らがやってくる。そうなればここで働いている彼らはまだしも、牢人である我々は捕らえられてしまうぞ!?」

「はん!それがどうした!?お上の犬を恐れて牢人稼業なんてやってられるかよ!?」

「それを恐れてここまで逃げてきたのがお前だろうが!?」

「あぁん!?」

 売り言葉に買い言葉。酒や場の空気が働いていたこともあってか今度は正通と定春の二人が一触即発の雰囲気となる。

 そこに割って入ったのが新左衛門であった。

「落ち着いてください、お二人とも!折角『天狗薬』の手がかりが手に入ったのですから!」

「なっ!?」

「それは本当か!?」

 これにはさすがに二人も動きを止めた。それを確認すると新左衛門は落ち着いて二人に離れるようにと手で合図を出した。

「今から詳しくお話しします。そのためにもまずはお二方とも離れて落ち着いてください」

 正通と定春の二人は一瞬目を見合わせ、そして不満気ながらも互いに距離を取って腰を下ろした。


 小屋の一角に腰を下ろした定春は仏頂面で近くの酒瓶を引き寄せて傾けた。

「ちっ、それでどんな話だ?しょうもない話だったらぶん殴るからな!」

 ギラリと睨むその目にはもう酔いの兆候は見られない。新左衛門はそんな視線をさらりと受け流して語り始めた。

「私が裏長屋の聞き込みを任されたことは覚えておりますよね?そこで耳にしたのですが、裏長屋の一角に住む薬師の老人が作るそれが昔『天狗薬』と呼ばれて重宝されていたそうです」

「その話本当か?」

 訝しむ二人に新左衛門は頷いた。

「ええ。もちろん」

 もちろん嘘である。これは彼らが同盟を解消しそうになったとき、ほんの少しだけ引き留める用に新左衛門があらかじめ用意していたほら話であった。それが予想とは少し違った形で役に立ってくれたということだ。新左衛門は悪びれもせずに話を続ける。

「訊いたところによると老人は齢八十を超えた御高齢だそうです。そんな彼が若い頃、つまりは戦国の時代真っただ中で名だたる武将らに招かれ作っていた薬が『天狗薬』だったとか。ですが今は太平の世。長いこと作るような機会に恵まれず、またご老人自身も戦のための薬を作るのに嫌気がさしていたようで。そのようなことが重なり、軽く噂を追っただけでは見つけることができなかったのだと思われます」

 それほど練った嘘話ではなかったが正通らは信じたようだった。あるいは興奮した後だっただけに冷静さを欠いていたのかもしれない。

「なるほどな。しかしそれなら我々が出向いて行っても薬を調合してもらえるか……」

「ふん。そんなもの、軽く脅せばいいだろう」

「馬鹿者が!そんなことをしても正しい薬を出してくれるとは限らないだろう!?」

「なんだと!?」

 二人は再度睨み合うが新左衛門は落ち着いて睨み合いの間に入る。

「ですが問題がありまして、そのご老人は現在町を離れているそうで、帰ってくるのは早くとも明日以降とのことです」

「なに?どういうことだ?」

「聞いたところによるとそのご老人は別の村にいる知人を訪ねて出て行ったそうです。つまりは明日以降に訪れなければならないというわけですが、ここで宿の問題が出てきます。もしあの村に戻るならそろそろここを出ないと日が落ちてしまいますよ?」

「くっ……」

 見合う正通と定春。時刻はまもなく夕暮れという頃。もし村に戻るというのなら新左衛門の言う通りそろそろここを発たなければ間に合わない。そして悲しいかな牢人である二人には始めから高い宿代を払うという選択肢はなかった。

 定春は先程まで共に酒盛りをしていた知人らをちらと見た。

「……あー、すまんが誰か一晩泊めてはくれないか?なんなら俺だけでも構わなから」

 定春の問いかけに昔馴染みを含む男らは申し訳なさそうに首を振った。

「悪いが宿屋でない者が家に人を泊めるのは禁止されているんだ。見つからなければいいと思うかもしれないが最近は年の瀬だからか監視も厳しくってな、俺らも危ない橋は渡りたくないんだよ。すまねぇが素直に表通りで宿を探してくれ」

 だが先に述べたように定春らに割高な宿場の宿を借りるような金銭的余裕はない。正通と定春は仕方なく口をつぐんで帰宅のために立ちあがった。


 帰りの道中は行きの時と違い非常に空気が悪かった。原因は言うまでもなく正通と定春だ。

 二人は同じ村同じお堂に帰るにもかかわらず前は正通、後ろは定春で五間(約10m)ほど離れて歩いていた。こうなると間に挟まれた新左衛門としてはたまったものではない。一応今は前を歩く正通のそばにいるが時折振り返り定春がいることも確認する。

 ただそんなどっちつかずな態度が気に障るのか、振り向くたびに正通は面白くなさそうに鼻を鳴らし定春もわざと聞こえるように舌打ちをした。

「……新左衛門殿。奴なら勝手についてくるだろうから気にすることなどないぞ。もしいなくなったとしてもそれも奴の自由だしな」

「はぁ。それはわかっていますが……」

(立場上目の届くところにいてほしいのだがな……)

 新左衛門は別に仲間意識から振り返っていたわけではない。ただ単に公儀の者として監視の目を離したくないだけであった。特に定春は彼の口から語られた悪行の数々から野放しにしておくわけにはいかず、必要な情報を抜き取ったらさっさと捕らえてやるつもりであった。

 ただ一方で確かに自分は気に掛け過ぎていたとも思った。

(おそらく猿之助殿あたりが見張っているだろうから監視はそちらに任せてもいいか……)

 門之助も猿之助も新左衛門が思っていたよりもはるかに優秀な人物であった。同年代に頼る機会の少なかった新左衛門にとってはなかなかに得難い経験で、そのおかげで新左衛門は今の二人の情況を客観的に見ることができた。

(しかし面倒なことになったな。確かに馬の合わなさそうな二人であったが、ここまで急に関係が悪化するとはな)

 思い返せば確かに二人は『牢人』と『天狗薬』という共通の話題を持ってこそいたがそれ以外の部分、出自や価値観、物事の進め方といったところで相容れないほどの相違を持っていた。

 本来ならばこういった性格の不和は時間をかけて融和するか互いに距離を取るという形で解決される。しかし今回の場合は互いに理解し合うような時間もなく、また天狗薬というかすがいが二人を無理に繋ぎ止めていた。そしてその歪みは二人の不機嫌という形で顕現されていた。

(まぁ正通殿はもちろん定春殿の方もあれで賢しい知恵はあるからな。少なくとも唐突に凶行に走ることもないだろう。このまま何も起こらなければな)

 しかし残念なことに村に戻るともう一悶着が起こった。原因は一行が村に戻ったときに村人の一人がお堂を窺うように覗いていたためである。


「ん?人がいるな。何かあったのか?」

 お堂の格子窓から中を覗く村人。それに気付いた正通は近づいて物腰柔らかく尋ねようとした。しかしそれよりも先に同じように気付いた定春が村人に対して駆け寄って怒鳴りつけた。

「おい!お前、何をしてるんだ!」

「ひいっ!?」

 村人の男性は見るからに狂暴そうな定春に怒鳴られて委縮してしまう。そしてその弱々しい態度に定春は再度イラつく。

「何をしてるんだと聞いているんだ!答えないというのなら……」

「待て!そんな威圧しては答えられるものも答えられないだろう!」

 ショックで一時的に固まっていた男であったが間に正通が入ったことで若干落ち着きを取り戻し、たどたどしくここに来た理由を話し始めた。

「い、いやぁ……牢人が増えたと聞いたから少し確認しにきただけでして……その……あまり居つかれてもこちらとしても困ると言いますか……」

「今日はもう貸してもらえぬということか?」

「い、いえ、そういうわけでは……。ですができれば明日以降は別の場所を探していただければ……」

 ここ南井戸村に限らずこの時代の村のお堂は一種の公共物であり、旅人の宿泊用に開放されていることが多かった。だがそれは牢人が居つくことを容認しているわけではない。あくまで数日程度なら許容範囲内であったが長期の拠点とされるのは村としては受け入れ難いことである。

 つまりこの村人の主張はもっともなものであったが、残念ながら折悪く定春の虫の居所がよくなかった。

「あぁん!?何か文句あんのか!?ぶち殺すぞ!?」

「ひぃっ!?」

 猛獣のように威嚇する定春。今にも刀を抜かんばかりの勢いである。だがそこに、もはや慣れた様子で正通が割って入った。

「落ち着け、定春殿!そこの者、すまないが今日まで泊めてはくれないか?明日村を出たらもう戻っては来ないから……」

「ほ、本当ですか?」

「ああ、本当だとも。その代わり今日まではここに泊まらせくれ。構わないな?」

「そ、それならまぁ今日までは……」

 こうして言質を貰った村人は逃げるように去っていった。それを見送ると、おおよそ予想通り、定春が正通に食って掛かった。

「ふざけるなよ!何勝手に約束しているんだ!?あんな村人一人、適当にあしらえばよかったものを!」

 定春としては小村の村人風情に腰を低くすることが我慢ならないらしい。だが正通にも言い分はある。

「ふざけているのはそっちだ!もし下手な態度を取って通報でもされたらどうする!?ここは宮宿や名古屋も近いんだぞ!呼ぼうと思えばすぐに同心らはやってくる!寝ている最中に囲まれたらそれこそ一巻の終わりだぞ!」

「なんだと、てめぇ!?」

 それからしばらく二人の口論は続いたのだがその内容は決して理知的なものではなく、単に相手の臆病さを侮蔑するような、あるいは短慮さを指摘するような子供の口喧嘩のようなものであった。

 結局のところ定春も同心らを呼ばれる危険性はわかっていたのだろう。しかしそれ以上に自分より弱い者に頭を下げたことや主導権を握られたことに腹を立てての噛みつきであった。

 そのような未熟な言い争いは長く続くものでもない。日が暮れ互いの罵倒の語彙がなくなると定春の舌打ちで言い争いは終わり、そして二人は乱暴な足取りでお堂内に入った。新左衛門は黙ってそれに続いた。


 お堂に入ると二人は無駄話もせずにさっさとお堂の東西の壁に寄りかかり口を閉じた。新左衛門もとりあえず昨日と同じ入口正面の壁に寄りかかり経過を見る。

 しばし観察した結果どうやら二人とも一応は落ち着いたようで、今日のうちに何かしらの決着をつけるような事態には陥らないだろうという結論に達した。

(雰囲気は悪いがまぁ今夜までは大丈夫だろうな)

 そう思い至ると新左衛門は「少し小便に行ってきます」と言って一人お堂を出た。

 外に出た新左衛門はさりげなくお堂から距離を取る。そして中の二人が自分に気を払っていないことを確認すると静かに二人からは見えないところにまで移動した。そこで少し待つと近くの岩陰から自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。

「……新左衛門様。ただ今よろしいでしょうか?」

 声の主は猿之助だ。新左衛門は昨夜の身のこなしから忍びの者ではないかと思っていたが、彼は今回もやはり見事に気配を消してお堂近くに潜んでいた。

「小便と言って出てきたからあまり時間はない。そちらは何か変化はあったか?」

「大きくは何も。ただお気づきかもしれませんが村人たちの間に同心を呼んだ方がいいのではないかという意見が出てきております。不測の事態が起こりかねないことは留意しておいてください」

「了解した。こちらもちょっと……二人の馬が合わなさが一気に表に出てしまった。おそらく持って明日までだろうな。一応訊くが捕らえる準備はできているか?準備ができているのなら今すぐに捕らえるというのも一つの手ではあるが……」

 しかしこれに猿之助は首を振った。

「申し訳ございません。確実に捕らえられるだけの手勢は用意できませんでした。ですが明日宮宿まで来ていただければ十分な手勢を用意できるかと」

「なるほどわかった。とりあえずそれまで何も起こらないことを祈るよ」

 そう言うと新左衛門は何食わぬ顔でお堂へと戻った。

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