柳十兵衛 鬼蜘蛛丸と対面する 3

「いやぁ、なかなか面白い話だった。ほら、吞め吞め」

「これはどうも。では失礼して……」

 鬼蜘蛛丸らの目の前で疑惑を晴らしどうにか徒党に入ることに成功した十兵衛たち。もちろんまだ完全に信用されているわけではないだろうが、これであのボロ小屋から離れて調査することができるようになっただろう。

 こうして互いに思惑を含みつつも楽しく飲んでいた十兵衛たちであったが、あるところでふと鬼蜘蛛丸が遠くを見た。何事かと思い十兵衛は視線を追うがその先にはただの壁しかない。十兵衛が不思議そうな顔をするとそれに気づいた鬼蜘蛛丸はにやにやと笑って答えた。

「あぁ悪い悪い。碧丸へきまるが、うちの幹部の一人が帰ってきたんでな。今丁度村の門をくぐったところだ。まもなくこの屋敷に帰ってくるぞ」

(外の様子を把握している……あやかしの能力か。厄介な能力だ)

 村の要所要所に張られていた鬼蜘蛛丸のあやかしの糸。十中八九監視用のものだとは思っていたが、やはり離れたところにいる人の気配を感じ取ることができるようだ。

 そしてしばらくすると鬼蜘蛛丸の言った通り玄関から誰かが入ってくる。その人物はどかどかと十兵衛たちの待つ広間へと向かい、やがて入ってきたのは筋骨隆々の見るからに粗暴で武闘派な牢人であった。

「ただいま戻りました、兄者。おや、見ない顔ですが客ですか?」

「ああ、昨日来たばかりの同士だ。なんでも相当腕が立つらしい。十兵衛、お前はまだ知らんだろうな。こいつは碧丸。俺や赤丸と契り交わした弟分だ」

 十兵衛はぺこりと頭を下げつつ碧丸とかいう男を見定める。

 碧丸。背丈は鬼蜘蛛丸と同じほどで、年もやはり近く見える。腹には少々贅肉がついているが腕や肩回りの筋肉は確かなもので、いかにも物事を暴力で解決してきたという見た目をしていた。

 鬼蜘蛛丸・赤丸とは契りを交わしたと言っていたが義兄弟だということだろうか?ということはおそらく鬼蜘蛛丸を頂点として赤丸が事務仕事担当、碧丸が荒事担当という布陣なのだろう。

 そんな碧丸は十兵衛の腕が立つと聞いて少し興味を示したようだった。

「ほう、腕が立つと。誰かと一勝負したのか?」

「辰一が少し立ち会ったそうだ。あの辰一をして自分と同等かそれ以上と評したと聞く。しかも若い。有望だろ?」

 鬼蜘蛛丸も辰一の実力は高く評価しているようだ。しかしその名を聞いた碧丸はあからさまに機嫌を悪くする。

「ふん!あんな見掛け倒しの腰抜けに何がわかる!」

 十兵衛はこの反応に驚くが鬼蜘蛛丸や赤丸は慣れているのか、やれやれといった顔でため息をついていた。一部の牢人が辰一を認めないような発言をしていたが、どうやらその急先鋒がこの碧丸のようだ。そんな碧丸を赤丸が諫める。

「まだ言っているのか、お前は!士気に関わるから早く受け入れろと言っただろう!そういうお前は誰か有望な者を連れてこれたのか!?」

「う……それは……こ、これからだ!」

「何がこれからだ!お前、わかっているのか!?今回の計画は私たちの命運をかけたものなのだぞ!?」

「し、仕方がないだろう。腕利きというだけでも見つけるのに難儀するというのに、加えてお上に気付かれないように慎重になどと言われては!遠くに送った奴からの連絡もないし、やはりそう易々とは見つからんのだ!」

 不満そうに叫ぶ碧丸。そしてそれを聞いた十兵衛は心の中で(おや)と反応した。


 この碧丸、どうやら外から有望な人材をスカウトする役目を担って村の外に出ていたようだ。しかし人は集まらず遠くに送った仲間からの連絡も途絶えている。碧丸はこの連絡の不備をスカウトが難航しているためだと思っているようだが、おそらくそれは違う。

(『刈り取り』の方、上手く言っているようだな)

 『刈り取り』作戦。牢人らが仲間を増やすために方々に派遣した人材、それをこっそりと討つことで逆に牢人らの戦力を削ぐという作戦だ。どうやら『刈り取り』は順調に行われているようで、また牢人らにもまだ気づかれていない。

 だが油断してはいけない。彼らも連絡がつかないこと自体は知ってしまった。おそらくあと一日二日もすれば異変に気付くだろう。ここで十兵衛は少し考えをまとめようとした。

(さて、どうするか。俺はこの鬼蜘蛛丸を討ちたいがどうも生半可な相手ではなさそうだ。じっくりと信用を稼いでいけばもっと近づくこともできるだろうが、おそらくそれまでに『刈り取り』作戦には気付かれる。鬼蜘蛛丸を討てもせず、かつ計画に気付かれたら奴らはどう動く?尻込みして雲隠れでもしてくれれば幸いだが逆に逆上して襲撃を早めることもあるかもしれない……つまりただ待っているというのは分の悪い賭けだということだ)

 襲撃が行われれば大なり小なり被害が出てしまう。三ケ日は江戸の管轄ではないがこう何日も滞在していれば土地や人に情も湧く。できることなら何も起こってほしくないというのが本音である。

(鬼蜘蛛丸を討つことは難しい。なら今俺ができる最善の手はなんだ?壊滅させることが難しいというのなら……ならばせめて襲撃を思いとどまらせるくらいのことはできないだろうか?だが今の俺が彼らに意見するのは不自然だ……何かきっかけでもあれば……)


 こうして十兵衛が思案している最中も赤丸と碧丸は言い争っていた。

「だいたいお前はいつも仕事が雑なんだ。この前連れてきた奴らなんて何だ?十人力だの百人力だの大口を叩いておきながら全員辰一にのされて夜中に逃げてしまったではないか」

「そ、それに関しては辰一の方が問題だろう!確かに半端な奴がいては困るが頭数だって重要だ!百人力は言いすぎだったが、それでも数人分の仕事ができる奴らだったんだぞ!」

「辰一に勝手に絡んで、そして勝手に逃げたというのが問題なんだ!逃げた奴らが変な噂を流せば御公儀が本腰を入れて我らを潰しにかかるかもしれない!だから仲間にするのは選りすぐりの奴でなければ駄目なんだ!」

 白熱する二人。鬼蜘蛛丸も「おい、そのへんで……」と止めようとするが、まるで聞き耳を持たない。

「お上が何だってんだ!そんなんで牢人家業ができるわけがないだろうが!」

「ふざけるな!お前だって京での牢人狩りを見ただろうが!あいつらは手柄のためならなんだってやってくるぞ!」

「それは京が都だったからだ。こんな山奥で起こってることなんてあいつらが把握しているわけないだろ!今度の三ケ日だって碌に与力も揃えてねぇ!今の俺たちだけでも十分押し潰せんだよ!」

 碧丸がそう叫んだところで赤丸がハッとした表情をして「碧丸っ!」と制した。碧丸は始め制された理由がわからずにいたが、すぐに十兵衛たちに気付いて、しまったという顔をした。

 『今度の三ケ日』。『押し潰せる』。そして腕利きを集めているという事実。直接的な言葉は出てはいない。しかし三ケ日襲撃を連想させるには十分な状況だ。そしてそれを十兵衛と新左衛門に聞かれてしまった。

 鬼蜘蛛丸たちの間に先程までとはまた違う不穏な緊張感が生まれた。


 さて、これで理不尽に困らされたのは十兵衛であった。十兵衛は未だ素知らぬ顔で座っていたが内心では尋常ではないほどに困惑していた。

(あぁっ、くそっ!なんで急にこんなことになったんだ!?)

 十兵衛としてはもう少し平凡な牢人の一人として隠れていたかったのだが、碧丸のせいで図らずも彼らの重大な計画に気付いてしまったかもしれない一人となってしまった。

 もちろん碧丸は部分的なことしか言っていない。しかしそれで納得するような警戒心でないことは先程の面談で嫌というほどにわかっている。鬼蜘蛛丸たちからの視線はそれこそ最悪の場合は処分することも厭わないという不穏なものであった。

(聞いてないふりで誤魔化す、というのは無理だろうな……刀もないから暴れることもできない。室内故に平左衛門様たちも頼れない。くそっ!割と本気で最悪の状況だぞ!)

 十兵衛の心臓がうるさいくらいに響く。事前に想定していたよりもはるかに最悪の状況である。だがこんな時にこそ冷静に次の一手を打たなければならない。でなければそれこそ命を失いかねない。

 十兵衛は短い時間で考え、考え、考え抜いた末に一つ息を吐いて落ち着いた様子でこういった。

「あぁ、やっぱり三ケ日を襲うつもりだったんですね」

「なっ!」

 鬼蜘蛛丸たちは驚いた表情でその足を止めた。

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