柳十兵衛 鬼蜘蛛丸と対面する 2

 牢人徒党の本拠地であるとある廃村。その中央部に位置する屋敷が頭領・鬼蜘蛛丸を始めとする幹部らが平時在住している場所であった。屋敷はいわば彼らの顔とも言える建物だけあって修繕等も他のボロ小屋との比ではなく警備も門番が立っていたりと厳重である。そこに十兵衛らは鬼蜘蛛丸との顔合わせとして招かれた。先導している赤丸が玄関の戸を開ける。

「さぁ入れ。刀はそこの刀掛けに置いていけ。なに、誰も取りゃしねえよ」

(刀掛けまであるのか。かなり本格的に改装しているようだな)

 彼らは内装にも気を遣っているようで、元が打ち棄てられた屋敷であるにもかかわらず内から見ても目立つ汚れや穴といったものは見られなかった。どうやら彼らはここを一時的な棲み処として利用するのではなく、かなり長期的に拠点とするつもりのようだ。

(これは規模が大きくなったらいよいよ手が付けられなくなるかもな)

 そんなことを考えながら進んでいくと、ある部屋の前で赤丸がふと足を止め振りむいた。

「この先にうちの頭領がいる。わかっているとは思うが下手な真似をしたら首が胴から離れるってことは覚えておけよ」

 十兵衛と新左衛門が神妙な顔をして頷いたのを確認すると赤丸は膝をつき部屋の中に声をかけた。

「頭、赤丸です。先程お話しした腕が立つ兄弟をお連れしました」

「おう、入れ」

 返事を受けて赤丸が戸を開き中に入る。十兵衛らもそれに続いて鬼蜘蛛丸がいる部屋へと足を踏み入れた。


 戸の先にあったのは広さ十六畳ほどの奥に長い部屋であった。『ほど』と表現したのはここが壁をぶち破って複数間を無理矢理一間にした部屋だったからだ。よくよく見れば柱や天井にその名残が見える。そしてそんな部屋の上座にて一人の男が悠然と煙管をふかして待っていた。その尊大な態度に十兵衛は一目でそれが目的の人物であると気づいた。

(あれが鬼蜘蛛丸か……!)

 鬼蜘蛛丸。背丈は六尺に三寸(約190cm)ほどで、年は見たところ三十前後。素肌に真っ赤な着物を羽織り、その下にはほのかに赤みがかった筋肉質の体が見えている。さすが宿場襲撃なんて大それた計画を画策するだけあって彼自身もかなりの武闘派のようだ。これだけでもそこいらの三下が尻尾を巻いて逃げ出すほどの威圧感があるが、彼には加えて蜘蛛のあやかしの力がある。十兵衛の鼻も確かにそれ特有の匂い立つ臭気を感じ取っていた。十兵衛は静かにごくりと唾を吞んだ。

(こいつは……想像よりも厄介そうな相手だな……!)

 山奥にこそこそと集まっている徒党の頭。そんな前情報から大したことのない奴だと高をくくっていた十兵衛であったが、鬼蜘蛛丸の恵まれた体格とそこから生まれる余裕のある態度――それはまさに一角の頭領を名乗るだけのものはあった。これに十兵衛は改めて(慎重に行くべきだな)と自分に言い聞かせた。

「頭。こちらが先ほどお話しした、昨日やってきた兄弟です」

 鬼蜘蛛丸は煙管を一吸いし、たっぷりと時間をかけてから口を開いた。

「話は効いている。随分と腕が立つようだな。せっかくだ、覚えておくから名を名乗れ」

 当然だがここで馬鹿正直に自分の出自を言うはずがない。十兵衛はあらかじめ用意しておいた架空の経歴を名乗る。

手前てまえ生国しょうごく信濃しなの(現・長野県)の北よりまいりました柳十兵衛。そしてこちらは弟の柳新左衛門にございます。此度はお目通り叶い至極恐悦。どうぞ今後も万端なることを願うばかりでございます」

 自分で言ってくすぐったくなるような気取った名乗りであったが、相手は自分に『鬼蜘蛛丸』だなんて名前を付ける傾奇者かぶきものだ。当然のようにクックッと笑いながら気分よく乗ってくる。

「これはこれは、若いのにご丁寧に痛み入る。申し遅れたが某はここの頭の鬼蜘蛛丸だ。今はまだしがない組織だが柳十兵衛、それに弟・新左衛門。歓迎しよう」

 十兵衛と新左衛門が「はっ!」と頭を下げると鬼蜘蛛丸はまた気分よく笑い、近くに控えていた者に「おい!酒を持ってきな!」と叫んだ。


(妙なことになったな)

 十兵衛は注がれた酒を見ながらそう思った。

「どうかしたか?いい酒だぞ。呑め吞め」

「はっ。では失礼します」

 杯を傾け一気に空にする十兵衛。気持ちのいい呑みっぷりに鬼蜘蛛丸も楽し気に杯を傾ける。急な敵首魁・鬼蜘蛛丸との酒盛り。だがそれが単なる歓待ではないということは十兵衛も気付いていた。

(こいつら、俺を量っているな……!)

 上手く隠してはいるがそれでも時折見える鬼蜘蛛丸の探るような鋭利な視線。第一印象では細かいことを気にしない豪快な無頼者という印象であったが、どうやらこういった腹芸もできるらしい。

 では彼らが探ろうとしているのは具体的には何なのか。それはおそらく御公儀からの間者か否かという点であろう。彼らは一度間者かもしれぬ男を取り逃している。加えて組織の今後を占う大きな計画の前だ。そんな時分に何処からともなくやってきた十兵衛たちを怪しむのは当然と言える。

 だがそれでも十兵衛たちを追い返さなかったのは、それほど彼らの人材不足が深刻だったためだ。鬼蜘蛛丸は盃を傾けながらしきりに「あの辰一が認めるほどの腕とはなぁ」「将来有望な仲間ができて気分がいいわ」などと言っていた。これは半分は警戒を解くための方便でありもう半分は本心でもあったのだろう。どうにかして腕っぷしのいい仲間を増やしたい。だが敵の間者は招きたくない。つまりこの唐突な対面での呑みは有望な新人に対する一種の身辺調査というわけだった。

「ところで十兵衛。赤丸から腕が立つと聞いていたのだが、見たところお前らは武士ではなく修験者ようだな。どういう過程でここに来たのだ?」

(早速来たか)

 酒の席の流れでさりげなく身の上話を求める鬼蜘蛛丸。これで矛盾や嘘を見抜こうという腹だろうが、それに引っかかる十兵衛ではない。当然このような時のための架空の経歴を用意している。

(ふふ。それでは聞かせてやろうじゃないか)

 十兵衛は素知らぬ顔で「どこから話せばいいですかね……」ととぼけてから用意してきた設定をそらんじ始めた。


「うちは代々信濃の北部山中、飯縄山いいづなやま戸隠山とがくしやまあたりで山師まがいの暮らしをしてきた家系でした。山の管理をしたり、木々を売ったり、辺鄙な村に商売しに行ったり……そんな仕事の一つに善光寺への道案内というのがありました。特に上越の方から南下してくる人たちから贔屓にされていたと聞きます。そんな感じで昔から修験者とは縁があったそうなのですが、ある日とうとう私の祖父が修験道に目覚めてしまったようで……仕事を行いつつも暇を見つけては修行を行っていたそうです。親父が小さいときは無理矢理修行に付き合わされていたとよくぼやいておりました」

「ふふっ。感化されたというわけか。そりゃあ災難だったな」

 鬼蜘蛛丸は口元だけに笑みを浮かべている。ちなみにこの話は十兵衛が家の家来たちから聞いた諸国の話をごちゃまぜにしたものだ。もしかしたら所々に粗が出るかもしれないが、どうせ数日で別れる相手だ。十兵衛は大胆に嘘話を続ける。

「ええ。ですが親父は親父で武術に凝りだしたんです。あそこらへんは武術の修行の地としても有名でして、その縁でいろいろと知り合ったんでしょうね。そしてまた子供を無理矢理付き合わせるんです。つまり私と新左衛門ですね。剣術の無念流だとか、流派は忘れましたが槍術。忍びの修行なんかもやらされましたよ」

「なるほど。それがお前たちの原点だと」

「ええ。それに山育ちということで周囲には行儀のよくない奴ばかりでしたからね。必然喧嘩相手には困ることなく、気付いたら一帯でもそれなりの腕っぷしになっていたというわけです。そして数年前、親父の死をきっかけに自分がどこまでできるかを試したくなって弟と共に家を飛び出しぶらぶらと……そんな折に小耳に挟んだのが皆さんのことでした」

「俺たちが腕利きを集めていると聞いてやってきたと?ふぅむ……」

 鬼蜘蛛丸と赤丸は考え込むような顔をした。今の話におかしなところがないかを確認しているのだ。それに対し十兵衛は特に気にすることなく酒をちびりとすする。確かに入念に精査すれば矛盾の一つや二つ出るかもしれない。だがそれも記憶違いだとでも言えばどうとでもなる。結局彼らは将来有望な新人・十兵衛と新左衛門を切ることができないのだ。

 そんな十兵衛の予想通り、しばらくすると鬼蜘蛛丸は「お前もいろいろあるんだな」と言って再度飲み始めた。問い詰められるようなおかしなところを見つけることができなかったのだ。それは同時に十兵衛らの徒党参加が一応は認められたことを意味していた。

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