柳十兵衛 牢人のふりをして潜入する 6

 居合一閃で十兵衛の実力を確認した辰一。彼は刀を腰に差し直すと副頭領である赤丸に向き直った。

「検分の件ですが、腕前に関しては申し分ないでしょう。私に次ぐ、あるいは私以上の実力者です」

 手放しの高評価に赤丸は目を丸くする。

「お、おおっ、そこまで言うか!?そ、それはやはり仲間に引き込んだ方がいいと?」

「そこまでの判断は私には過ぎたこと。ただ稀有な人材であることは間違いないかと」

「うむぅ……」

 考え込む赤丸。実を言えばこの赤丸、十兵衛がそれほどまでの逸材だとは思ってもいなかった。むしろ人集めの噂を知っていたことを気に掛けており、情報の流出を防ぐために辰一に切られて死ねばよし。死ななくともしばらくは廃村内にて軟禁するくらいの考えでいた。ところが辰一が認めるほどの実力者となればその待遇も考えなければならない。こうして思わぬ展開にうんうんと唸る赤丸であったが、ここでふと新左エ門に目を留めた。

「そういえばあの弟とかいう奴はどう見ますか?」

 尋ねられた辰一は今まで特に気にも留めていなかった新左衛門を見た。そして「……ん?」と小さく漏らす。

「ん?どうかなされましたか、辰一殿?」

 一瞬何かに反応した辰一に気付く赤丸。しかし尋ねると辰一はすぐに首を振った。

「いえ、何でも……時に十兵衛殿。その少年の名は?」

「弟の新左衛門にございます」

「腕前の方は?」

「まだ若いですが並の丈夫には引けを取らないかと」

「だそうです。十兵衛殿と同門だというのなら期待してもよろしいかと」

「うむむむむ……」

 有望な兄弟。ますます半端な対応が出来なくなった赤丸であったがしばらく悩んだ挙句、結局彼は保留という形でこの場を収めた。

「うむ。お前の実力はわかった。だが最終的な判断は鬼蜘蛛丸おにぐもまる様に一任する。それまで村には入れてやるが、余計な行動はとるなよ」

 新たに出てきた名前――鬼蜘蛛丸。明らかに歌舞かぶいた名前だが、副頭領の赤丸が様付けをするのだからこいつが彼らの頭領なのだろう。

(それにしても蜘蛛の力を持っているから『鬼蜘蛛丸』か?安直な偽名だな。いや、存外このくらいわかりやすい方が人を惹きつけるのか?)

「おい!聞いているのか!?おかしな行動をすればすぐに切ると言ったんだからな!」

「はっ。かしこまりました」

「まったく……おい、お前!こいつを案内がてら四番屋に連れていけ」

 赤丸に指名された見張りだった男(『紹介』してくれた男)は「俺がですか?」と少し戸惑ったものの、副頭領からの指令とあらば断ることはできない。ぶつくさと言いながらも男は十兵衛たちについてくるようにと促した。

「ちぇっ。仕方がねぇな。おい、お前らついて来い」

 こうして十兵衛と新左衛門の二人は敵拠点の廃村への潜入に成功したのであった。


 十兵衛と新左衛門は見張りだった男に先導されて村へと入る。男は「なんで俺が……」とブツブツと言っていたがそれでも言われた仕事はする男のようで、十兵衛たちを案内がてら簡単に廃村内について説明してくれた。

「今んとこ大したもんもねぇ根城だが、幾つか立ち入り禁止の場所もある。例えばあのデカい屋敷だ。あそこはうちの上役たちが寝起きしている屋敷だから勝手に近づくなよ。最悪処刑されるかもしんねぇからな」

 そう言って男が指差したのは村中央に位置する一番大きな屋敷――先日の調査で敵幹部らが使っていると睨んでいたあの屋敷であった。予想通りであったが十兵衛は今知ったという顔で相槌を打つ。

「ほほう、ここが。確かにこの屋敷だけよく修繕されているな。ここにさっきの赤丸殿や鬼蜘蛛丸とかいう人がいるってことか」

「おい。赤丸『様』と鬼蜘蛛丸『様』だ。きちんと様をつけろ」

 何気ない十兵衛のつぶやきであったが見張りだった男はすぐに反応し訂正させた。その素早さに十兵衛は存外律儀な性格なのかと思ったがどうもそうではないらしい。男は真剣な顔で十兵衛に忠告する。

「一つ教えておく。鬼蜘蛛丸様は本当に恐ろしいお方だから絶対に失礼な真似はするなよ。あのお方はあやかしの力を持っているんだ」

 あやかしの力。当然知っている話だが情報を引き出すためにここはあえてすっとぼける。

「あやかしの?噂は聞いたことはあるが本当だったのか?」

「ああそうだ。まぁ直接その目で見ないと信じられねぇっていうのはわかるがな。ともかく鬼蜘蛛丸様はその名の通り蜘蛛の力を持っていてな、粘着性のある見えない糸を使って相手を引っ張ったりふん縛ったりしちまうんだ。だが本当に恐ろしいのはそこじゃねぇ……」

 男は軽く周囲を見渡してから警戒するように小声で耳打ちをした。

「本当に恐ろしいのは蜘蛛みてぇにあちこちに糸を張って見張っているってところだ。村のどこに誰がいるかはもちろん、見えない所での陰口ですら把握していると言われている。誰も変な真似は出来ねぇ。少しでも不審な動きを見せれば背後からやってきて見えない糸でがんじがらめにされてガブリってわけだ」

 恐怖からかぶるりと体を震わせる男。実際のところはそれほど密に糸が敷かれているわけでもない。だがそれは『見える』十兵衛だからわかることで、彼らからしてみればそこかしこから蜘蛛の目が自分を見ていると感じるのだろう。そういった恐れもまた彼らの支配構造の一部なのかもしれない。

 男は話を続ける。

「お前も気をつけろよ。この前も一人馬鹿な奴が勝手に宝物庫に入ったそうなんだが、それもすぐに見つかって捕らえられたらしい。そしてそれ以降そいつを見た奴はいねぇそうだ。うぅ……きっと相当悲惨な末路だったんだろうなぁ……」

「あ……」

(これはあの間者のことだな。たぶん調査中にうっかり宝物庫とやらに入ってしまったのだろう)

 十兵衛が「宝物庫とはどこですか」と訊くと見張りの男は例の厳重にあやかしの罠が張られていた小屋を指差した。やはり屋敷に近づくためにうっかり足を踏み入れてしまったようだ。だがその間者は隙を見て逃げ出したはず。おそらく面目のために情報操作でもしたのだろう。しかしそんなことを男にいちいち教えてやる義理などないと十兵衛は適当に話を合わせる。

「それは恐ろしいな……というよりそれなら今の俺たちも危ないんじゃないのか?」

「普段ならな。だが今は鬼蜘蛛丸様は外出中なんだ。さすがに外出中に村の様子はわからねぇらしい」

「えっ!ここの頭領は今出ているのか!?」

「ああ。だからお前の処遇も保留ってことになったんだろうな。……それがどうかしたか?」

「……いや、さっさと自分を売り込みたかったから肩透かしだなと思ってさ」

「ふぅん?……と。ほら、着いたぞ」

 どうやら会話をしているうちに目的地にへと着いたようだ。十兵衛が男の先を見てみればそこにはポツンと一軒のボロ小屋が建っていた。

「……ここか?」

「ああ、ここだ。とりあえず今日はここに篭って一日じっとしてろ」

 男は立て付けの悪い扉をガタガタと開ける。小屋の中は四畳半ほどで家具や日用品といったものは何もなく、むき出しの地面には申し訳程度のござが敷かれていた。明らかに人が住むようなそれではなく農具を置いておく物置のような小屋であった。

 十兵衛が説明を求める目で見ると男もさすがに少しばつの悪そうな顔をした。

「まぁなんだ。紹介もなしに急に来るからこっちも受け入れるのに時間がかかるんだ。始めはこんなもんだと我慢してくれ。うろちょろしなければ上の人たちだって色々と許可してくれるさ」

「はぁ、了解した。地面に寝るのは慣れてるしな。小便は小屋の裏あたりですればいいのか?」

「ああ、適当にそこらへんでやってくれ。食い物は暮れ前頃に持っていくから、まぁそれまでじっとしててくれや」

 こうして男は仕事を終えたと去っていきボロ小屋の前には十兵衛と新左衛門だけが残された。二人は互いに目を合わせて、それからボロ小屋を見て苦笑した。

「まぁ牢屋よりはましだと考えるか」

「そうですね、兄上」

 二人は渋々小屋の中へと入り立て付けの悪い扉を閉めた。


 中に入った二人は改めて小屋の中を確認する。広さは四畳半ほどで家具の類はなし。地面がむき出しになっているのは、おそらくここが元は単なる物置か何かだったからだろう。一応ござがあるにはあるがこの季節にこれだけは少々辛そうだ。こうして一通り見たところで新左エ門が口を開いた。

「兄上。これは……」

「ああ。監視しやすいように、だろうな。扉は一つだし窓には格子もかかっている」

 改めて見れば住居に適さないボロ小屋であるにもかかわらず壁の隙間はもれなくふさがれており、窓の格子も最近になって新たにつけられたものだとわかる。どうやらここは初めから監視対象を入れておく用の小屋のようだ。

「加えて見張りは三人でしたか?」

「ああ。隠れてはいたが三人ほど見張っていたな。それとお前は見えないだろうが、あやかしの糸が幾本か張られているぞ。今は鬼蜘蛛丸とやらはいないようだから気にしなくてもいいが、帰ってきたら下手な会話もできなくなるな」

 新左衛門が渋い顔をする。

「厄介ですね。糸もそうですが、今この村にいないというのも厄介です」

「そう、そこだ。早めに報告できればいいのだが……」

 敵徒党の首魁・鬼蜘蛛丸。歌舞いた名前だがあやかしの力を持つ最も警戒すべき相手である。これを隙をついて討つことが十兵衛たちの潜入の目的であったのだが、見張りだった男の話によると当の本人は今この村から離れているらしい。

 ただ外出しているだけなら帰ってくるのを待てばいい。しかし今回は並行して『刈り取り』計画が行われているのが問題であった。十兵衛たちの方針は相手の隙を突くことである。だが『刈り取り』計画に気付けば敵は当然警戒を強化するだろう。そうなれば今回の計画は意味をなさなくなる。

「逃げることも視野に入れなければならないが、まずはとにかく報告だな」

 しかし三人がかりの監視体制に十兵衛はなかなか隙を見つけることができず、ようやく機を捕らえたのは日がだいぶ傾いてからのことだった。、


 十兵衛たちがボロ小屋に入ってから早数刻。窓から入ってくる日光にだいぶ角度がついてきた頃、にわかに外が騒がしくなった。

「……なにか外が賑やかですね」

「鬼蜘蛛丸が帰ってきたか?いや、それにしてはあやかしの気配は感じられないな」

 新左衛門が戸を小さく開けて外を見る。

「どうやら食べ物を配っているみたいですね」

 同じ隙間から十兵衛も見てみれば体格のいい牢人が棒を担いで他の牢人らに食べ物を配り歩いていた。賑やかながらも混乱が起きていない所を見るに、どうやらこれがここでの食糧事情のようだ。

「まぁこんな廃村じゃ普通の商売なんて期待できないですからね」

「ああ。だがこれはいい機会だ。ちょっと外の様子を見て来るか」

「大丈夫ですか」

「なに、小便をする振りをしてちょっと見て来るだけだ。上手くやるさ」

 十兵衛はそう言ってボロ小屋の戸を開ける。戸外に出ると近くの茂みに潜んでいた監視者たちがピリリと緊張するのを肌で感じた。

(ふふ。まぁ警戒はするよな。安心しろ。ちょっと周囲を見るだけだからよ)

 十兵衛はまずは小屋の裏手に回る。裏には特に何もなく少し歩くと里山に入れるようになっていた。一見するとここから逃げられそうにも見えたが、さすがに向こうも馬鹿ではない。ここは監視者が見張っているうえにあやかしの糸もしっかりと張られていた。

(罠だな。あえてゆるい所を作って逃げようとした奴を捕まえようって魂胆だ)

 そもそもこの小屋自体が周囲の他の建物から離されて建てられている。出るのも近付くのもさぞかし目立つことだろう。

 上手くできていると感心しつつ十兵衛はそのまま小屋に沿ってぐるりと回り、今度は窓のある壁側に出た。ここにも監視と糸があった。しかし先程の裏手よりはまだマシで、糸の方も鬼蜘蛛丸自身がいないのならばさほど気にしなくてもいいだろう。

(まぁここが妥当か)

 十兵衛はここでおもむろに立ち小便をし、その後土をかけるように地面を蹴った。これが連絡場所を指定する合図だった。あとは平左衛門なり種長なりが来るのを待つだけだ。十兵衛が軽く伸びをして戻ろうとするとちょうど見張りだった男が食べ物を持って小屋に来るところだった。

「あん?外に出てるなって言ってただろうが」

「ちょっと小便してきただけだ。そのくらいなら別にいいだろ」

「まぁそのくらいならいいか……だけどあんまりうろちょろするなよ?」

 どうやら怪しまれてはいないようだ。そのまま草餅や干した魚といった質素な食糧を受け取って十兵衛は小屋に戻り接触を待った。


 種長から接触があったのは合図を出してからさらに数刻後、四つから九つに変わる頃(午後十一時頃)であった。明かりのない小屋内にして、十兵衛がもたれかかる壁の後ろから小さく呼ぶ声が聞こえてくる。

「十兵衛殿……十兵衛殿……」

「……種長殿ですか。上手く合流できたようですね」

「ええ、どうにか」

 種長の声の位置は低い。おそらく監視に見つからないように地面にべたりと伏せて話しているのだろう。十兵衛も這いつくばって報告を行う。

「どうにか潜入は果たせましたが目的の敵の首魁はここにはいませんでした。名前は鬼蜘蛛丸だそうです」

「その男の情報はこちらでもつかみました。どうやら奴は北の村々に顔を出していたようです」

「北に?確かに宇利峠を越えた先には新城しんしろなどがありますが、わざわざ頭領が出向くようなものなのでしょうか?」

「人集めもあったのでしょうが、それ以上に三ケ日を攻めているときに背後を取られたくなかったようですな。幾つかのまだ配下でない徒党と密約を交わしていたそうです。というわけで北の方での『刈り取り』は少し待つようにさせました。ただどこまで効果があるかは……。ともかく危険だと思ったらすぐにお引きください。私も平左衛門も援護いたしますので」

「わかりました。とりあえず明日の昼までは粘ってみようと思います。その後は……まぁ流れで」

「ふふ。承知いたしました。では十兵衛殿、お気をつけて」

 そう言い残すと壁の向こうの種長の気配は消えた。見事だなと感心しつつ十兵衛は明日以降相対するであろう敵たちを思い浮かべる。あやかしの鬼蜘蛛丸に抜刀術の達人・辰一。彼が随一だとは言われていたが他にも腕利きの牢人がいるのだろうか?

(これは明日も気が抜けないな)

 十兵衛は気を引き締めつつ目を閉じた。こうして一日目の夜は終わり、潜入二日目の朝がやってきた。

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