柳十兵衛 牢人のふりをして潜入する 2
某日の昼頃、宗之助は屋敷執務室にて税収関係の書類に手を付けていた。与力としては牢人対策一本に集中したかったが怪しまれないためにも通常業務にも手は抜けない。それでも種長が来たと聞く宗之助はと書類を脇に置きすぐにここに通すようにと下男に伝えた。
やがて入室してきた種長の様子を見て宗之助は(おや?)と思った。纏っている雰囲気がいつもよりも緊張していたからだ。宗之助が嫌な予感を覚えるとその答え合わせのように種長は報告する。
「牢人どもに少しばかり動きがありました」
「なにっ!?いよいよですか!?」
身構える宗之助。しかし種長はすぐにまだ焦るような段階ではないと諭す。
「落ち着いてください。襲撃ではありません。奴ら、人を集め始めました」
「人を集める?」
「ええ。極秘裏にですが周辺の無頼者たちに声をかけている模様です。一仕事手伝わないか、と」
種長曰く牢人たちは襲撃のために頭数を増やすつもりでいるようだ。しかもそれは単なる数合わせではなく、腕に覚えのある者を厳選して誘いに行っているらしい。そのためなら御油や吉田あたりは当然のこと、遠くは浜松にまで足を伸ばしているという。
「そうか。いよいよ向こうも本腰を入れてきたな……ん?三ケ日を襲うということは言ってはいないのか?」
「ええ。少し大きめの仕事があるから来ないか、とだけ言って誘っていたそうです。これはおそらく情報漏洩を防ぐとともに、半ば無理矢理に三ケ日襲撃に参加させて共犯という名の同士にするつもりなのでしょうね」
宿場襲撃のような大罪を犯してしまえばもはや娑婆でのんびりとは暮らせない。そうなれば例の牢人徒党に加わる他なくなるというわけだ。
「なるほど、敵ながら狡い手を考える。それでどうなさるのですか?『刈り取る』のですか?」
宗之助が尋ねると種長はにやりと笑った。
「はい。予定通り集まろうとする牢人たちを『刈って』いくつもりです」
この数日、三ケ日側もただ黙って待っていたわけではない。状況に合わせた幾つかの案を用意しており、その中の一つが『刈り取り』計画であった。
牢人たちが今回のような仲間集めに出ることは予測できていた。決行日まで日がある上に、廃村に集まっていた人数も戦局を決定的にするほどではなかったからだ。今回の計画は彼らにとっても大きな意味を持つもの。そのためもう少しばかり有能な人材を確保しておきたい。そんな樹木が自らの領域を拡大せんがために枝を伸ばすかのような行為――それを本隊に合流する前に与力・同心らで刈り取る。それが種長たちが用意した『刈り取り』計画であった。
これは一見すると単に組織の末端部に攻撃を加えているだけのように見えるだろう。しかし実際はもっと長期的な効果がある。なにせ誘われた牢人からしてみれば素直についていったら役人に捕らえられてしまったのだ。もしや奴らが自分を売ったのでは?と考えてもおかしくはない。ただでさえ御公儀の牢人狩りに敏感となっている頃である。そんな噂が広がればもはや彼らに協力するものは現れない。これで向こう当面だけでなく将来的な戦力まで削ることができるのだった。
「直接的な枝だけではなくその先の新芽まで刈り取る……見事な策ですな。しかしそれだけでは幹は残ったままですぞ」
「もちろん承知しております」
幹とは廃村に残っている牢人徒党の本隊のことである。そしてそこには敵首魁のあやかしが残っている。やはりこれを押さえなければ勝利とは言い難い。当然そのための案も用意してはいるのだが……。
(本当に実行することになるとはな……)
種長は澄ました顔のまま、心の中で冷や汗を流していた。
「どうやら予想通り牢人たちが人集めを始めたようです」
ほぼ同時刻の三ケ日のとある宿屋にて、久助もまた十兵衛たちに牢人たちが動き出したことを伝えていた。
「やはり御公儀に見つかることを恐れてか人集めは少数で行っているようですね。これなら『刈り取り』も容易にできましょう」
「ということはそちらは任せてもよろしいのですね?」
十兵衛がそう尋ねると久助は複雑そうな顔をしたが、それでも一応は頷いた。
「そうですね。ただの牢人相手ならここの同心らに任せればいいでしょう」
しかしそれで対処できるのは普通の人間だけである。あやかし相手ではその理屈は通じない。故にここでようやく十兵衛の出番というわけなのだが……。
「……本当になさるおつもりですか、十兵衛殿?」
久助としてはあまり乗り気ではない案。いや、久助だけでなく種長や平左衛門ですらも一度は引き留めた。しかし当の十兵衛はそんなことなど気にすることもなく早速準備のため着替え始める。
「ご安心ください。無茶をするつもりはありませんので」
(この案自体が相当に無茶なのだがな……)
だがそんな久助の心中などどこ吹く風の十兵衛は、やがてここ三ケ日に初めて来たときの格好――修験者の服に着替え終えた。さらに髷も雑に結び直し刀も適当に腰にかける。最後に少しだらしなく立てばどこからどう見ても修験者くずれの牢人にしか見えない。
不安げな眼差しを向ける久助に対し十兵衛はここ数日でため込んだ無精ひげを撫でながら応える。
「大丈夫ですって。堂々としていれば案外バレないものですよ」
十兵衛たちによる敵あやかしを討つ秘策。それは十兵衛本人が牢人のふりをして彼らの徒党に参加するというものだった。
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