柳十兵衛 牢人のふりをして潜入する 1

 牢人たちの拠点である廃村を軽く調査した十兵衛たちは一度三ケ日に戻ることにした。彼らが三ケ日宿の遠景を視界に捕らえたのは夜明けの一刻前、時刻にして七つの頃だった。

「さすがに門はまだ開いていませんか。では私についてきてください」

 明け六つ前ということで門はまだ堅く閉じられていたがそこは種長、忍びの者が使う抜け道を使いうまく町内に入り込む。そのまま久助が待機しているであろう町の番方屋敷へと向かおうとするが、その手前で平左衛門が口を開く。

「お二人は番方屋敷の方に向かってください。私は友重殿らがいる馬小屋へと向かいます」

「確かにそちらも隠し通さねばいけませんからな。敵の間者がいるかもしれないから努々油断なさらぬように」

「言われるまでもありません」

 平左衛門はスッと一行から離れ裏路地へと消えていく。残る十兵衛と種長は改めて町の番方屋敷へと駆けていった。


 やがて二人は目的の屋敷へとたどり着く。明け六つ前ではあったが――おそらく久助がよく手配をしていたのだろう――戸を叩き門番に事情を話すと滞りなく屋敷に入ることができた。そしてそのまま通されたのは明かりが一つ灯された応接室。そこには久助とここ三ケ日の与力代表が居住まいを正して待っていた。まだ暗い時間であったが向こうも報告を聞く準備は万端であった。

「種長殿。こちらは三ケ日の治安を任されている山田宗之助そうのすけ殿だ。早速で申し訳ないが一連の出来事を宗之助殿に報告してくれるか」

「承知いたしました。では齟齬が生まれぬよう始めの方より説明させていただきます」

 種長は挨拶もそぞろに一連の報告を行った。徒党を組む牢人たち。彼らが企てる計画。逃げ出した間者。警戒していた様子。そしておそらく向こうも間者を潜り込ませているということを。それを聞いた与力・山田宗之助は恥じるように歯を食いしばる。

「くぅ……よもやあの牢人どもがそこまで増長していたとは。しかも間者まで。後れを取ってしまい恥ずかしい限りです」

 そう言って勢いのまま下げた頭を久助が押し返す。

「いえいえ。油断していたのはこちらも同じ。それに今更そのようなことを言っても始まりません。ここはこちらの動きをまだ感づかれていないことを喜びましょうぞ」

「……そうですな。幸い助力を乞う書状はまだ書きかけ。目立たぬように集まるようにと付け加えておきましょう」

 部屋の隅に置かれていた文机には書きかけの手紙が幾通か見えた。おそらく周囲の町村御公儀に人手を求める手紙だろう。

「まだ出してはいなかったんですね」

「ええ。時間も時間ですし、それに念のために種長殿たちの報告を待っておりました。今回はそれが功を奏しました。手紙は敵間者に気付かれないように信頼できる者に任せます」

「それがいいでしょう。ですがそうなると今度は時間の方が気になりますな。準備も対策も間に合わなければ意味がない。種長殿、そこのところはいかがでしょうか?」

 久助からの質問に種長は少し頭の中を整理してから答えた。

「廃村の雰囲気を見たところ、計画の実行までにはまだ若干の猶予がありそうです」

「それは誠ですか?」

「ええ。あくまで私見ですが、おおよそ荒事前というのは部隊全体の雰囲気が浮足立つものです。落ち着きがなくなる。じっとしていられない。あるいは恐怖もあるのでしょう。そういったものを紛らわせるために酒を飲んだり大声で怒鳴ったり必要のない喧嘩をしたり……要は本番で尻込みをしないように自分を鼓舞する。それが荒事前の雰囲気なのですが、奴らの廃村にはそういったものが見られませんでした」

「なるほど。故にまだ先だと?」

「もちろんそれだけではありません。これもあくまで私見ですが、やはりまだ全体的に準備不足の嫌いが見られました。単なる破落戸共の一仕事ならそれでもいいのでしょうが、どうも今回の計画は奴らにとっても肝入りのもの。故にあの程度の準備で決行などはしないでしょう。おそらくもう一つ二つほど下準備を行うはずです」

 種長の冷静な分析に久助と宗之助はなるほどと感心した。

「向こうも気合を入れているようだな。しかし準備か……できればその段階で潰してしまいたいが、そううまくはいかないのだろうな……」

 久助としてはちょっとしたつぶやきのつもりだった。それを種長が拾う。

「可能です」

「えっ?」

 見れば種長は不敵な顔で口元に笑みを浮かべている。

「向こうの手の内はわかってますし、なにより油断している。ならば適切な人員を配置すれば奴らの動きをつかむこと、及びそれを利用することは可能です。どうでしょう?私にしばし人事・指揮を任せてはいただけないでしょうか?」

 のちに宗之助が語るところによると、この時の種長には有無を言わせぬ覇気があったという。それに圧されてかはわからないが、宗之助もつられて笑った。

「たいした自身ですな。……いいでしょう、あなたに賭けます。どうぞこの三ケ日の与力・同心一同をお好きに使ってみてください」

 こうして種長は対牢人の権限を一手に集めた。そして先の種長の宣言通りこれより二日後、種長・平左衛門を中心とした臨時の諜報部隊は牢人たちの不穏な動きをつかみ取ったのであった。

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