柳十兵衛 三ケ日の危機に直面する 5

 牢人たちによる三ケ日襲撃の計画。その危機を前にして江戸と尾張は互いのわだかまりを一時捨てて協力し合うこととなった。

 だがこれで戦局が大きく変わったというわけでもない。十兵衛たちは確かに達人ぞろいだが単純に数だけ見ればたった三人増えただけだ。三ケ日防衛のために本格的に奔走するのはこれからである。

 しかしそのためには情報が足りなかった。手元にあるのは以前より収集していた分と襲撃計画の存在自体のみ。襲撃日も襲撃ルートも、現在の敵の戦力ですらはっきりとしていない。これで策を立てろと言っても土台無理な話だ。

 そのため十兵衛と平左衛門、種長の三人は深夜の森の中を静かに駆けていた。先頭は種長、次いで十兵衛、平左衛門と続く。真ん中に十兵衛が置かれたのは敵あやかしの痕跡を見逃さないようにするためだ。三人は闇夜に紛れながら慎重かつ大胆に進む。その目的地は牢人たちの拠点となっている廃村であった。


 話は十兵衛ら江戸方が協力すると宣言した頃に戻る。

「やはり情報不足が響きますな」

 種長のつぶやきに一同はしみじみと同意した。

 一丸になって三ケ日防衛の案を練り始めてから約半刻、議論はすっかり停滞していた。原因は先程種長が述べた通り情報不足である。具体的な襲撃計画がわからない以上議論はで進める他なく、様々な可能性を考慮していった結果手応えのある防衛案は出ずじまいであった。

 一行の間に嫌な雰囲気が漂い始めようとする。しかしそれを払うかのように種長が手をパンパンと鳴らした。

「ふむ。どうやら卓上ではこれが限界のようですね。そろそろ次の段階に進みましょう」

「次の段階といいますと具体的には?」

「少々危険ではありますが情報収集に打って出ようかと。私と平左衛門殿、そして十兵衛殿で直接敵の拠点に近づいてみようかと思います」

 思わぬ提案に久助が驚く。

「なんと!そ、それはいささか性急すぎではございませぬか?」

「後手となっている今ではむしろ遅いくらいです。なに、無茶をするつもりはありませんので心配しないでください。あくまで軽く情報を集めてくるだけです。平左衛門殿らも問題ありませんね?」

 久助とは対照的に十兵衛殿と平左衛門は予見していたのか、やる気に満ちた様子で同意した。

「まぁ遅かれ早かれ偵察にはいくつもりでしたからね。日の昇らぬうちに一度行ってみるのも悪くはないでしょう」

「あやかしの罠についてはお任せください。夜目は後れを取りますが怪異に関しては昼夜関係なしに見ることができますので」

 二人がそういうのならと久助は一歩引く。

「むぅ。皆様方がそうおっしゃられるのなら諜報の方は一任いたします。して、残った我らはいかがすれば?」

「久助殿は三ケ日の番方のところに赴いて今回の件を報告し、出来る限り人手を集めるように手配してください。やはり最後は数が物を言いますので。友重殿と清厳殿はしばし待機をしていてください。夜間に大勢で動くのは得策ではありませんし、間者の看病もまだ必要ですからね」

 そう必要な指示を出すと種長は早速立ち上がった。

「もう行かれるのですか?」

「ええ。今回は時間との勝負になりそうですからね。それではそちらはお任せしました」

 こうして十兵衛・平左衛門・種長の三人は隠れ家を出て一路牢人たちの根城へと向かう。時刻は九つ半(深夜一時頃)。三つの影は音もなく深い闇夜に消えていった。


 細い月明かりだけを頼りに闇夜を駆けながら、種長は目的地である牢人たちの拠点について軽く説明をする。

「牢人たちは三ケ日の北西、宇利峠うりとおげの東にあるとある廃村を根城にしております」

「廃村……牢人たちが滅ぼしたのですか?」

 種長は首を振る。

「いえ。この村自体は十数年前に遺棄された村です。かつて土砂崩れで村の大半が飲み込まれ、それを契機に住人らは別の地に移住したそうです。残された家屋は付近を通る旅人や私どものような忍びに利用されていましたが、今回奴らが目を付けて上手く支配したみたいですね」

 横から平左衛門が尋ねる。

「ふむ。利用していたというのなら脇道とかは知らないのか?」

「残念ながら今通っているここが一番安全だと思われる脇道だ。ここ以外だと村から少し外れたところに出たり監視されやすい道しかない。向こうも拠点周りの警備くらいはしているだろうからな……おっと!伏せてください!」

 種長の鋭い支持に十兵衛らはすぐに茂みに身を隠し気配を絶つ。十兵衛は何事かと思ったが種長および平左衛門の視線を追ってそれに気付いた。十兵衛たちが進んでいた脇道のすぐそばの別の道から、こちらに向かってきている者がいたのだ。暗いためによくは見えないがおそらくは成人の男が一人。男は特に整備もされていない真夜中の道を、明かりの一つも持たずに小走りで駆けてくる。

(何者だ……なんて言うまでもないか。こんな時刻に明かりも持たずにうろちょろしている奴など碌なもんじゃない。……我々も人のことは言えないがな)

 当然だがこの時代に街灯の類はない。またこの当時は夜盗対策として『夜間に明かりを持たずに外出している者は切り捨ててもよい』という法令を出している地域すらあった。にもかかわらず明かりを持っていないというのなら、それはもう『自分は怪しい者です』と宣言しているようなものである。

 そんな怪しい男は茂みに隠れた十兵衛たちに気付くことなくすれ違い三ケ日の方に向かっていった。程よく距離が離れたところで十兵衛が小さく尋ねた。

「どうします?捕縛して情報を聞き出すという手もありますが?」

 十中八九件の牢人徒党の一員だろう。しかし種長はそれを止める。

「やめておきましょう。今はまだ牢人たちを刺激する可能性がある行為は控えたほうがいい。目的も、一人だけだというのならおそらく偵察か連絡でしょう」

「偵察ですか?」

「ええ。彼らからすれば間者かもしれぬ者を一人逃しているわけですからね。当然計画がどれほど露見したかが気になるところでしょう。もし三ケ日の与力たちがいつもよりも警戒していれば計画がバレている。していなければ逃げた間者は別の所に行った。あるいはその調査の報告を受け取りに行ったか。どちらにせよ一人なら大それたことはできないでしょうし、あれは放っておいても問題ないはずです」

 十兵衛が「なるほど」と納得すると種長は「それよりも……」と話題を変える。

「それよりも、まもなく牢人らの拠点です。十兵衛殿。頼みましたぞ」

「お任せください」

 拠点が近いということは罠が仕掛けられている可能性も高いということだ。十兵衛は二度ほど目をしばたたき気合を入れなおした。

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