柳十兵衛 邂逅する 1

 柳生庄への旅路・五日目にして遠江とおとうみの難所の一つ『今切の渡し』を越えた十兵衛一行。その後三河に入った後も順調に進んでいたが、吉田宿を越えたあたりで急に自分たちが尾行されていることに気付いた。

 十兵衛たちは尾行者に怪しまれぬよう掛茶屋で休む振りをしながら互いに状況を確認する。

「気づいておられますか?十兵衛殿。友重殿」

 平左衛門が漬物の皿を渡しながら尋ねると二人は小さく頷いた。

「ええ。尾行られてますね」

「やはりそうでしたか。私も確証はないながら怪しい者がいるとは思っていおりました。前の武士らしき二人組。それに後方の親子連れの山伏ですな」

 友重が湯飲みを傾けながら自分の見解を述べる。怪しいと思った一組目は前方の武士の旅人のような二人組。遠くでよくわからないが共に二十代から三十代というところで、いつの間にか十兵衛たちの数町先をつかず離れずで先行していた。もう一組は後方の親子のような二人組でこちらは山伏のような格好をしている。子連れということで少し油断をしていたが気付けばこいつらも一定の距離を保ちこちらを追ってきていた。

 確証はないと言っていたが友重の目は確かで、平左衛門も「ええ。その者たちがついてきてますね」と同意した。だが十兵衛には他にも気になる者がいるようだ。

「それともう一人、さらに後方にいるような気がするのだが……」

「誠ですか?お恥ずかしながら全く気が付きませんでした」

「いや、これはちょっとそんな気がする程度であまり自信は……いかがでしょうか、平左衛門様」

 自信なさげに十兵衛が問いかけると平左衛門は感心するように頷いた。

「お見事。よく気付かれましたね。確かにあの山伏のさらに後方にもう一人ついてくる者がおります。故に今我々をつけているのは五人ですな。前方の武士二人に後方の山伏親子。そして最後尾に隠れて追ってきている旅芸人風の男で計五人です」

 平左衛門の回答に――疑うわけではないが――友重は不自然でない程度に後方を確認する。しかしちょうど隠れていたのかそれらしい影は見えなかった。

「ふむ。見えませぬがお二人がそういうのならそうなのでしょうな。しかし五人とは少し半端な数ですね」

「ああ。そこは俺も気になっていた」

 普通尾行はその存在が相手にバレてはいけないため二人あるいは多くても三人程度で行うものである。しかし相手は五人で、しかもうち二人は目につきやすい前方を歩いている。仮に前後から囲んで十兵衛らを襲うつもりだったとしても、それならそれで三人に対して五人は少々心もとない人数だ。

「彼らは単なる見張りで、後から他の牢人らと合流するつもりなのでしょうか」

「うーん。それも十分考えられますが、俺としてはあの子供が気になるんですよ。牢人の子にしては小綺麗だし落ち着いている。盗人が子供を使うなんて話はたまに聞きますが、それとはまたちょっと違う感じがします」

 十兵衛が目を付けたのは後方の山伏風の親子、その子供の方だ。幼いながらも彼もまた尾行者の一人である。

 当初十兵衛はこの子供は牢人が親子に偽装するために連れてきた、いわば小道具のようなものだと思っていた。だがどうもそれは違うようだ。後方かつ遠目故に細かいところは見えないが、幼いながらも粛々と山伏のふりをして尾行する様は牢人というよりは武士の子供のような背すじの正しさを感じ取った。

 それに加えて何やら十兵衛はその少年に感じ入るところがあるのだが、それは十兵衛自身にも言葉にできない感覚だったので口には出さなかった。


 ともかく現状でははっきりしないことが多すぎて方針すら立てられない。十兵衛は平左衛門に意見を求める。

「平左衛門様は五人という人数に子連れ、これをいかが考えますか?」

 それに対して平左衛門は少し考えてから「監視、かもしれませんね」とぽつりと呟いた。

「監視ですか?確かに向こうに近づいてくる様子はありませんが、それにしても何故?やはり他の牢人と合流を?」

 しかし平左衛門はハッと気づいたようにして首を振る。

「あー、いえいえ。奴らが監視しているのは十兵衛殿ではなく私でしょうという話ですよ」

 意外なことに平左衛門の見解は、彼らの尾行対象は平左衛門であるというものだった。


 彼らの尾行対象は平左衛門の方かもしれぬ。思わぬ意見に十兵衛らが説明を求めると平左衛門は話を続ける。

「私はもとより年寄様方の使いとして諸国を行脚してますからね。偶然私の顔を覚えていた者がいて、警戒して監視しているのやもしれませぬ」

「……確かに平左衛門様は讃岐守様の家臣。傍から見ればそうとうな権力を持っているように見えますからね。しかし相手もよく平左衛門様を見つけましたね」

「おそらくですがここら一体の監視を任された忍びが私を見つけたのでしょう。最後尾の旅人、十兵衛殿たちが尾行者だと確証が持てなかった者がいたのを覚えてますか?おそらく奴が私を見つけた忍びです」

「忍び……お知り合いですか?」

 平左衛門は首を振る。

「いえ。何度か顔を拝もうとしたのですが、ことごとくかわされてしまいました。しかし忍びの目線を理解しそこから逃れられるということは相手はそういう鍛錬を積んだ者――つまりは忍びだということです」

 平左衛門は今でこそ前島家に養子に入り忠勝の下で働いているが、その生まれは甲賀の忍びの家系であり幼い頃よりその道の訓練を受けてきている。その平左衛門が言うのだからおそらくそれが真実なのだろう。

 しかしそれならそれで別の疑問が湧いてくる。

「しかし平左衛門様が目的というのなら奴らは一体何者なのでしょうか?手練れの忍びまで抱えているなんて並の連中じゃないですよね」

 友重の問いかけに平左衛門はさらりと答えた。

「位置的に考えれば、尾張・権大納言ごんだいなごん様(徳川義直よしなお)の手の者でしょうな」

「!!」

 その回答に十兵衛と友重は背すじを固くした。ここ三河からすぐ西の国・尾張。その地はいわゆる御三家筆頭・尾張徳川家が治める地であった。

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