柳十兵衛 異変の原因を見つける 2

 十兵衛が持ってきた『異変の原因』。それはどこにでもありそうな普通の包丁であった。

 十兵衛以外が困惑する中でまず口を開いたのは又三郎であった。

「ただの包丁……それがここ小田原を覆っていた異変の元凶だなんて、そんなことがありえるのですか?だってこれには妖術も何もかかっていないんですよね?十兵衛様、重信様」

「確かにそのたぐいのものは何も感じませぬが……」

 話を振られた重信もまた判断がつかないという顔をしている。対して十兵衛は自信満々という様子に変わりない。

「困惑するのもわかります。ですがこれは見ているだけではわからないんです。実際に使ってみれば私の意図するところがわかるはずです」

「実際にですか?それでは何か切るものを用意させましょうか」

 誰かを呼ぼうと腰を浮かそうとする重信。しかしそれを十兵衛はさえぎった。

「いえ、それには及びません。それも用意しております」

 そう言うと十兵衛は懐からぬっと菜っ葉とまな板代わりの薄い板を取り出した。

「じゅ、準備がよろしいことで」

「こうなることはわかっていましたのでね。それではどうぞ、重信殿。変に力を込めずに普通に使ってみてください」

「はぁ。では……」

 いぶかしみつつも包丁を握る重信。手首を回して何度も握った包丁を見てみるも不審なところは見当たらない。その後重信は改めて持ち直し包丁の刃を菜っ葉に当てる。そしてそのまま軽い力ですとんと切ってみせた。

 すとん。

 おそらく傍から見ればただ菜っ葉を切っただけに見えただろう。そばで見ていた又三郎でさえそう見えていた。だが当の重信は何かに気付いたのか、カッと目を見開き険しい顔で包丁を見る。そしてしばらく熟考すると苦々しい顔をして「……よくできている」と吐き捨てた。


「ご理解いただけましたか?」

「……ええ。しかし本当に……本当によくできている……」

「ええ。私も見つけた時は我が目を疑いましたよ」

 言葉少なく通じ合う十兵衛と重信。対して又三郎は何が何だかわからずにいた。するとそれに気づいた十兵衛が「お前も切ってみるか?」と包丁を向けてきた。

「えっ!?だ、大丈夫なのですか?」

「安心しろ。別に普通に使う分には問題ない。呪詛の類もかけられていない。ですよね?重信殿」

「ええ。そこは私も保証します。どうぞ使ってみてください」

 術師二人にそう言われれば断る道もない。又三郎は恐る恐る包丁を手に取ってみる。持った感じは普通の包丁に変わりなく、特別どこかが重いというわけでも軽いというわけでもない。刃の方は燭台の炎が怪しく照らしていたが、これを怪しく思うのはおそらく自分の精神状態のせいであろう。落ち着いて見てみてもよく砥がれているということくらいしかわからない。それ以外はどこからどう見ても普通の包丁だった。

「見てるだけじゃわからないぞ。いいから早く切ってみろ」

「はぁ。それでは……」

 十兵衛がせかすようにまな板を前に置く。上には先程重信が切った菜っ葉。これもまた特におかしなところはない。又三郎は要領を得ないまま言われるままに包丁の刃を菜っ葉に当てた。そしていざ切ろうと力を込めた時だった……。

 さくり。

「おっ!?これは……」

 なんとほんの少し力を込めてただけで菜っ葉が切れてしまったのだ。

「これは……なんて切れ味だ……!」

 あまりの抵抗のなさに驚いた又三郎は二度三度と包丁を動かす。するとそのたびに気持ちいいくらいに菜っ葉が切断されていく。十兵衛が持ってきた包丁は単なる包丁ではなく、驚くほど『よく切れる包丁』であった。


 まな板の上に程よい長さに切り分けられた菜っ葉が並んだ頃、又三郎は意見を求めるかのようにこちらを見ている十兵衛の視線に気付いた。

「どうだ?わかったか?」

 何が『わかった』なのかはわからなかったが、とにかく又三郎は思った通りのことを言ってみる。

「そうですね……いい包丁です。いや、いい砥ぎなのでしょうか?ともかくこれほどまでに切れる包丁は初めてです。まるで絹糸でも切っているかのように抵抗がなくて、正直一本欲しいくらいですよ」

 又三郎がそう評すると何が面白いのか十兵衛がにやにやと、重信もこらえてはいたが確かに苦笑しながらこちらを見ていた。又三郎はむっとして尋ねる。

「……何が面白いのですか?」

「いや、すまない。お前が見事に引っかかっていたものでな」

「引っかかるとは、何にですか?」

「その包丁にだよ。その包丁はな、言ってみれば妖刀の一種なんだよ」

「えっ?妖刀?……ひえっ!?」

 又三郎は投げ出しこそしなかったが慌てて包丁をまな板の上に置く。

「な、なんなんですか、妖刀を使わせるだなんて!?これに妖気の類はなかったのではなかったのですか!?」

 妖気の類がないことは十兵衛だけでなく重信ですら保証していたはずだ。それを問いただすとさすがに十兵衛も申し訳なさそうに笑って答えた。

「すまないすまない。つい、な。だがこれに妖気その他呪詛がないのは確かだぞ」

「……どういうことですか?」

 そう尋ねると十兵衛は口元に笑みを残しつつ、びっと指を三本立てて見せた。

「一口に『妖刀』と言っても、実は大きく分けて三種類の妖刀があるんだ。一つは持ち主の狂気や怨念が乗り移ったもの。一つは長い時を経て刀に妖力が溜まり付喪神つくもがみと化したもの。この二つなら異質な気配で見抜くことができるのだが、三種目の妖刀はそれがない」

「これがその三種目だと?」

「そう、これもまた妖刀の一種。『単純によく切れる刃物』だ」

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