柳十兵衛 異変の原因を見つける 1
「これが見つけた異変の原因だ」
「なんとっ!?とうとう!?」
「それは誠ですかな、十兵衛殿!?」
驚く又三郎の声にもう一人の声が重なった。声のした方に目をやれば屋敷の影から顔を出したのは重信であった。重信はコホンと一つ咳払いをしてから十兵衛に近づく。
「このような場所で失礼。
「いかにも。怪異改め方・柳十兵衛にございます」
両者の瞳が交差した。これにドキリとしたのは又三郎である。
(ああっ!まさかお二人がこのような場所でお会いになられるとは!)
なにせ今朝方までは重信を疑っていた十兵衛だ。原因は見つけたと言っていたがそれも本当かはわからない。今重信は十兵衛が一足で届く間合い内にいるが、十兵衛の右手は原因とやらが入った包みでふさがっている。果たしてどう動くつもりなのか。
そう又三郎が注視する中、以外にも十兵衛はその場で丁寧に頭を下げただけであった。
「夜分遅くに申し訳ありません。いち早く重信殿のお耳に入れたほうがいいかと思い参上いたしました。加えてそこの又三郎からお聞きになっているかと思いですが、私は今朝方まで重信殿を疑っておりました。それでもなおお招きくださったことに感謝いたします」
丁寧な謝意に加えてあえて自ら疑っていたことも口にした十兵衛。その振る舞いに重信も又三郎も一瞬あっけにとられるが重信はすぐに気を引き締め直し十兵衛に尋ねた。
「疑念云々は又三郎殿からお聞きしました。十兵衛殿のお立場からすればそれもまた詮無き事。お気になさらずに。それよりも、真率にお聞きしますが……十兵衛殿は私を切りにいらしたのですか?」
重信も重信で単刀直入に聞いてきた。このような婉曲的ではない聞き方はややもすれば険悪な雰囲気が漂うものである。しかし十兵衛はそれを嫌うように素直に首を振って否定した。
「いいえ。確かに私は一時重信殿のことを疑っておりました。最悪の場合は刀を抜くつもりだったのも事実。ですがそれは此度の異変の原因が全く分からなかったためでございます。先ほども申しあげたとおり異変の原因は突き止めました。故にもうそのような愚挙を考える必要もありません。今となってはそのような考えを抱いていたことが恥ずかしい限りです」
十兵衛の慇懃な態度。それをどう判断したものかと黙る重信に対し十兵衛は続ける。
「確かに口先ばかりで疑う疑わないを語っても意味がないでしょう。故にぜひこの中身の説明をさせてください。そのために必要とあらば脇差を預けても構いません」
「むぅ……」
十兵衛の提案に重信は少しだけ困ったような顔をした。
この時代、武士が他家を訪問し主人と対面するときは玄関近くの控えの間や次の間に刀を置いてから対面する。これは武器である刀を離すことにより自分に敵意がないことを示すための行為だ。ただそれでもなお武士の作法として脇差は腰に差したままである場合が多い。今回十兵衛はその脇差までも置いても構わないと言ったのだ。それほどまでの『自分は敵対するつもりはない』というアピールである。ここまでされれば信じない方が無粋扱いすらされてしまう。
やがて重信は根負けしたかのように小さく息を吐いた。
「……承知しました。お言葉に甘えまして脇差も控えさせていただきます。それでは案内しますが……私は
狩衣とは陰陽術師の正装である。だが十兵衛はそれには首を振る。
「いえ。少なくともまだ陰陽の力は必要ではございませんので不必要かと」
「わかりました。それでは……おい、誰か!お刀を上げて差し上げなさい!」
十兵衛はやってきた刀番に大刀小刀共に預ける。そしてそれを近くで見ていた又三郎に向かって「おい。お前も脇差を預けろ」と言った。
「えっ!?私もですか!?」
「私と二人だと重信殿も落ち着かないだろう。それに今回一日猶予を作り原因を発見できたのは、延いては私に下手な真似をさせなかった功労者はお前だ。これの中身を見る権利くらいある。構いませんか、重信殿?」
重信は「ふむ」と呟いてから又三郎に尋ねる。
「ふむ。又三郎殿は私と十兵衛殿が争うべきではないと思うとおっしゃっておりましたが、それは今でも変わりませんか?」
「は、はい。それはもちろん……」
「では十兵衛殿が道理なく私を襲ってきたら守ってくれますか?」
この質問に又三郎殿は戸惑ったが、ふと視線を送った十兵衛が(好きにすればいい)という風に肩をすくめたので勢いのまま「も、もちろんです!」と答えた。
「それは頼もしい。それではご案内いたします。足元が暗いですのでお気をつけてください」
「まぁ不信は俺の責任でもあるからな。重信殿の信頼を裏切らぬように気を抜くなよ」
自ら先導する重信とそれに続く十兵衛。
(あぁ、どうしてこうなった!?返答はあれでよかったのか?十兵衛様も重信様もいったい何を考えていらっしゃるのだ!?)
又三郎は困惑しつつも遅れぬようにそれについていった。
やがて十兵衛らは奥座敷へと通された。奥座敷では奉公人に準備させた燭台がほのかに灯っており、また庭側の戸が大きく開かれていた。戸が開かれていたのは月明かりを取り入れるためだが目的はそれだけではないだろう。又三郎は外の軒下や隣の部屋に隠しきれていない殺気を感じた。
(まぁ当然か)
控えている殺気は重信側からすれば当然の対策だ。また又三郎が感じ取れているのだから十兵衛が感じ取れてないはずはない。しかし十兵衛からはそれを気にするような気配は感じられない。
(
又三郎が訝しむ中、各々が所定の位置に座ると十兵衛は深々と頭を下げた。
「改めてご挨拶させていただきます。某大和柳生家家来・怪異改め方・柳十兵衛にございます。此度はこちらの多数の非礼にもかかわらずお目通りをお許しいただき誠感謝の極みにございます」
対して重信は軽く挨拶を返したのちに早速本題に入るように促した。
「十兵衛殿。互いの不幸なすれ違い。それを解消するためにはやはり何より異変の原因を明らかにすることでしょう。故に早速ですが包みの中身を拝見してもよろしいですかな?」
「もちろんにございます。ですが……」
十兵衛はおもむろに包みを又三郎の前に置いた。
「又三郎。すまないが代わりに開けてくれないか。私が開けると、その、重信殿を無駄に驚かせてしまうかもしれないからな」
「はぁ。私は構いませぬが……」
十兵衛の意図はわからなかったが、ちらと重信を見れば構わないという風に頷いた。それを見た又三郎は「では失礼して……」と包みを解く。そして中身が燭台の明かりの下に晒されると又三郎と重信は「これは……」と息を呑んだ。
「これは……包丁ですかな」
「ええ。これが異変の原因でございます」
十兵衛が持ってきた包みの中身は数本の包丁であった。これを見た又三郎は(なるほど。これは驚かせてしまうな)と納得した。
というのもこの時代、江戸時代初期の包丁は現在のものとは形が異なり直刀型をしていた。一見すると小刀と変わりなく見えるそれを十兵衛が――脇差まで置いて上がり込んだ十兵衛が包みからこれを取り出したら驚かれてしまっていただろう。
そう思い横目で重信を覗き込めば確かに重信は困惑しているようだった。だが実はこのときの重信の困惑は又三郎が想像したそれとは少し異なるものだった。
「十兵衛殿。これは……」
「はい。包丁にございます」
「いえ、それはわかるのですが……これには……」
「重信殿が困惑するのもわかります。事実私もこれを見つけた時は自分を疑ったくらいですからね」
意味深なやり取りをする十兵衛らに又三郎が不思議がって尋ねる。
「この包丁がどうかしたのですか、十兵衛様?」
「ん?あぁ実はな、お前にはわからんだろうがこの包丁、別に悪い妖術や魔力があるというわけではないんだ」
十兵衛の言葉の意味を又三郎はすぐには理解できなかった。しかし一呼吸置いてそのおかしさに気付くと前のめりになって十兵衛に詰め寄った。
「そ、それはおかしくありませんか、十兵衛様!?だってこれは異変の原因なのですよね!?それに魔力も何もないというのは変な話ではありませんか!」
これに対し十兵衛は小さく笑いつつ自信に満ちた口調で言い切った。
「そう、お前の言う通りおかしな話だ。だが
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