小山良兼 近藤秀用を語る
江戸時代の主要街道である五街道。そのうち東海道はかなり早いころから整備されていたため比較的歩きやすい道が多い。特に江戸―小田原間は難所となるような所もなかったため、日和がよければ一般人でも二日で踏破できるくらいであった。
しかし折悪しく季節は梅雨時。出かけの頃は曇っている程度だったが気付けばぽつぽつと大粒の雨が降り出し、やがてそれは四半刻と経たないうちに雨宿りが必要なほどの大雨となった。
「これはまずいな。どこかしのげるところは……」
「十兵衛様!
又三郎がここいらで一番大きな並木を指差して駆け出す。十兵衛と良兼もそれに続いた。
雨宿りに選んだ木はとっさに選んだにしては実に具合のいい木であった。幹は太く葉も生い茂っていたため、この下にいれば雨に濡れることはないだろう。だがそれが逆に道中急ぎたい十兵衛らの大きな枷となった。なまじ濡れずに済んでいる分、再度この大雨の下に出るのは非常にためらわれる。せめて雨脚がもう少し弱くなってくれれば一歩踏み出せるのだが空を見上げればしばらくはそんな気配すらなさそうだ。
「弱りましたね……次の宿場までまだ結構ありますし……」
「待つ他ないでしょう、この激しさでは。無理をしても小田原で体調を崩しては元も子もありませんからね」
十兵衛らはあきらめたように、どかりと根元に腰を下ろす。きつく締めていた
雨宿りを始めてからしばらく経ったが雨は相変わらず激しいままだった。なんなら雨宿りを始めた頃よりもさらに激しいくらいだ。目の前で滝のように降る雨に十兵衛たちは只々ため息をつくばかりであった。全員口には出さなかったがこれでは明日中に小田原に着くのは絶望的であろう。最悪日暮れまでに次の宿場にたどり着いていればいいやぐらいに思いながら三人は空を見上げていた。
雨宿りの間、手持ち無沙汰となった十兵衛たちは世間話を始めていた。始めは又三郎が当たり障りない天気の話を。次いで江戸のこと、小田原のこと、役儀のこと。十兵衛と良兼はおしゃべりという
「そういえば城代の石見守様は、その……なかなかの御高齢でしたよね。城代に就いたと聞いた時は驚きましたよ。三年前でしたっけ?」
「はい。三年前に現大阪城城代・備中守様(
横で聞いていた十兵衛が尋ねる。
「三代にわたり?石見守様はそんなに御高齢なのですか?」
「ええ。殿は天文十六年(1547年)生まれ。今年で(数えで)八十となります」
その答えに十兵衛は目を丸くする。ちなみに今年は1626年である。
「は、八十!?それはまたご健勝で何より……」
十兵衛の父・宗矩ですら数えでまだ五十六。八十と言えば徳川家康(1543年生まれ)とほぼ同年代。つまりあの戦国の時代を生きた古武者ということだ。
「やはり合戦を知っている世代ですからね。今でも折につけて有事があれば具足をつけて参戦すると言ってますよ」
「いやはや、武士の鑑じゃないですか。城代を任されるのも当然ですな」
「ははは。平時はまるで隠居の好々爺なんですがね」
城代とは簡単に言うと幕府に城の管理を任された者のことである。小田原城は幕府要所の一つ。そこを任せられるのだから生半な者ではないだろうとは思ってはいたが、それにしても年季が違った。無論実働は下の者が行っているのだろうが、あるいは小田原のような天下の要所では彼のような歴戦のにらみができる者の方が求められているのかもしれない。
そんな近藤秀用を又三郎は調子よく褒め、そして良兼はまんざらでもない様子でそれを聞いていたのだが、ふとした折にその良兼がぽつりと呟いた。
「ただ私どもとしては、殿にはもう何の心労もなくこの任を終えてほしいと思っているんですがね」
自然と出た良兼の声には祖父を想う孫のような慈愛があった。彼らの暖かい関係性に、聞く十兵衛らもつられて胸が暖かくなる。ただ言った本人は急に恥ずかしくなったのか芝居じみた所作で空を見上げた。
「あぁ!雨もだいぶ弱まりましたね。そろそろ行きましょうか。今日中に神奈川宿までは行っておきたいですからね」
そう言うと良兼はぬかるむ路盤も気にせずに街道へと歩み出した。
十兵衛もあわてて合羽の紐を締めて後を追おうとするが、その前に又三郎が寄ってきて小さく呟いた。
「いい一家のようですね」
「ああ、まったくだ」
こうして小雨降る中、十兵衛たちは再度小田原への道を進みだした。
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