柳十兵衛 山賊を討伐する 2
ここは山賊たちからしてみれば身内しか入ってこれぬ隠れ道であった。しかしそこにいきなり見ず知らずの若侍が飛び込んできて「お前たちが山賊だろう」と言ってきた。もはや敵であることに疑いの余地はない。山賊たちは各々獲物を抜きこの身の程知らずの若侍に向けて殺気を飛ばした。
それに対し若侍は涼しい顔で大胆にも二歩ほど前に歩み出た。その大胆さが山賊の神経を逆撫でする。激高した山賊の一人が勢いに任せて若侍に刀を振り下ろす。狭い道だ。避けれるはずもない。
「きぇあぁぁぁぁぁ!!」
だが甘かった。今しがたこの若侍、もとい十兵衛が二歩歩み出たのは自分の後ろに避けるだけの十分な空間を作るためであった。狭い道であったがこれだけ落ち着いて間合いを管理できさえすれば恐れることなど何もない。
「ふっ!」
十兵衛は半歩下がって向かってきた山賊の一撃をかわし、そしてかわした勢いを刀に乗せ山賊の腕の肉を裂いた。今度は手加減などしない。十兵衛は迷いなき一閃で山賊の左腕を骨まで見えんほどに切り裂いた。
「な、が……ひぇあぁぁぁ!!??」
一瞬でもたらされた痛みに山賊は腰砕けになり倒れる。その顔からは先ほどまでの戦闘意欲は完全に削がれ、恐怖と絶望だけが貼りついていた。
ここで力量差に気付いたのか最後尾にいた一人が振り返りここから離れようとする。逃げようとしたのか、あるいは仲間を呼ぼうとしたのか。しかしその前に平左衛門が現れ立ちふさがる。山賊は驚き慌てて獲物を振るうもそのような半端な攻撃が通じるはずもなく、こちらもあっという間に平左衛門に無力化された。残りは一人。
「さて、どうする?少なくとも今すぐに命を奪うつもりはないが?」
前後を囲まれた最後の一人はそれはもう悲痛な表情をしていた。ただそれでも最後には意地が勝ったのか、男は破れかぶれで平左衛門に突撃し、そして一瞬で地面に転がされた。
さて、これでこの場は制圧できたのだがここはまだ本丸ではない。二人は素早く賊を縛り上げ、そして平左衛門がすぐさま尋問に入る。
「おい、お前。お前たちの根城は近いのか?あと何人いる?」
これらの情報はすでに十兵衛たちは知ってはいるが、これにどう答えるかで真偽を見るつもりであった。
「……はっ!教えるわけがないだろうが、この阿呆が!」
「そうか。使えないやつだ。なら死ね」
「な!?がはっ!?」
平左衛門が素直に答えなかった山賊の首を締め上げる。そして数秒としないうちにその山賊の首がガクンと垂れた。見ていた他の山賊たちが「ひぃっ」と声を上げる。
実はこのとき平左衛門は頸動脈を押さえて気絶させただけであった。だが他の山賊にそれがわかるはずもない。平左衛門は次の山賊の前に立つと今度は刀を抜いてその白刃を首すじに当てた尋ねた。
「お前は素直に答えてくれるよな?」
次の男が素直に白状したことは言うまでもない。
「お前たちが最近ここいらに出ている山賊だな。素直に答えれば命だけは助けるぞ」
「は、はい……あっしらがそうです……」
「これで全員か?他に仲間はいるのか?」
「あと二人……お頭と、今日のお勤め当番が山のどこかに一人……」
彼らの言う「お勤め」とはつまり山賊仕事のことだ。そしてその一人とは先ほど十兵衛たちが山釣りで捕らえた男のことだろう。どうやらこいつは素直に吐くようだ。平左衛門と十兵衛は顔を見合わせ頷きあう。
「そのお頭とやらはこの先にいるのか?」
「はい、そうです……この先の小さな崖。そこにある横穴が俺たちの根城で、お頭は大体いつもその奥におりやす……」
男が顎で道の先を指す。口ぶりからしてさほど距離はないようだ。もしかしたら今の戦闘も気付かれたかもしれない。あまり悠長にしている暇はなさそうだ。
十兵衛と平左衛門はさっさと山賊を拘束し先に進むことにしたのだが、拘束している最中ふと思い立った十兵衛が尋ねてみた。
「奥にいるというそのお頭とやらだが、そいつはどんな風貌をしているのだ?」
山賊の男は一瞬「何を尋ねているんだ、こいつ」という目をしたがそれでも一応答えようとした。しかしそこで初めてこの質問に答えることのできない自分に気付いた。
「お頭……あ、あれ?お頭は……」
男は困惑した様子でもう一人の山賊の男に目を向ける。しかしそちらも答えられない自分に驚いているのか、目を見開いて首を振る。
「……わ、わからない。本当だ!嘘じゃない!なぜか、なぜか知らないけど思い出すことができないんだ!」
山賊たちは軽い恐慌に陥る。そんな彼らからは毛皮と甘い果実のような匂いがした。操られているというのは少々気の毒ではあるが残念ながらゆっくり諭す時間もない。拘束し終えた十兵衛らは「騒ぐなよ」と釘を刺してから道の先へと進んだ。
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