柳十兵衛 山賊を討伐する 1

 捕らえた山賊からその根城の場所を聞き出した十兵衛たち。二人はこの機を逃すまいと早速その足で彼らの根城へと向かう。

「ただ十兵衛殿、深追いは厳禁ですぞ。今攻め込むのは時分の利あってのこと。情報の一つでも持ち帰れればそれで御の字なのですからな」

「わかっております。無理はしませんよ」

 そう答えた十兵衛の背中を平左衛門は何とも言えぬ表情で見る。

(……不自然なほどに落ち着いている。やはり先ほどの一戦で何かあったのか?)

 先ほどまでの十兵衛はどこか浮足立っている印象があった。それが若さ故か功に焦ってが故かはわからないが、とにかくそんな印象は先ほどの山賊との一戦以降急に鳴りを潜めてしまっていた。悪い変化だとは思わないがそれにしても急すぎる変貌である。

 気にはなったし尋ねてみたくもあった。しかしそのような時間は今はなかった。平左衛門は懐紙に目をやり「まもなくですぞ」と十兵衛の背中に言った。


「本当にここですか?」

「はい。あの男の言うことが本当ならば、ですが」

 山賊の根城へと続く道。男が吐いたその入口はとある山の獣道、その一本の獣道が左右に分岐する場所であった。男によると分岐の股のところに目印として小さな赤い石が置かれているらしい。探せばそれはすぐに見つかったのでやはりここが入口となるところなのだろう。

 十兵衛は左右を見る。右は山頂方面へ、左はふもとの方へと伸びていた。しかし実はこれはどちらも正解の道ではない。根城へとつながる道はこの二つの間、正面に隠されていた。十兵衛らが言われた通り生い茂った草木を丁寧にかき分けるとその先に新たに細い道が一本現れた。

「なるほど。これは教えてもらわなければわかりませんね」

 十兵衛が鼻を鳴らすがここにはまだあやかしの匂いはない。

「行ってみましょうか」

 十兵衛を先頭に二人は静かにこの細い道へと足を踏み入れた。


 しばらく道なりに進んでいた二人であったが、あるところで平左衛門が「十兵衛殿」と静かに袖を引いた。それに従い身をかがめると平左衛門が口元を寄せる。

「この先に複数人の気配がします。あやかしの気配がなければ私が見てきますが、いかがいたしましょう?」

 言われて十兵衛が気配を探ると確かに先に人の気配があった。やはり対人に関しては平左衛門の方が長けているようだ。だが十兵衛にも十兵衛の才がある。十兵衛が鼻を向けるとほんの少し甘い匂いが返ってきた。あやかしの気配であるが罠になるほどではない。おそらく先ほどの山賊のようにかどわかされた人間に残った匂いだろう。

 そう伝えると平左衛門は「五百数えて戻らなければ捕らえられたと思ってください」と言って、まるでヘビのように無音で前方の調査に向かった。平左衛門が戻ってきたのは四百半ばの頃であった。

「この先に奥行十間幅三間(約18.2m×約5.5m)ほどの開けた場所がありまして、そこに明らかに堅気ではない者が三人待ち構えておりました」

 残りの山賊は四人。うち三人がそこにいるというのだ。

「三人……根城の本丸ですか?」

「いえ。本丸というよりはその一つ手前の関所といった風でした。加えてこれは私見ですが、向こうの大将のあやかしは我々に勘づいているかもしれません」

「理由をお聞きしても?」

「この先に大将以外の残り全員、三人いるという点です。見張りなら一人でも十分だというのに三人も置いているのは明らかに襲撃を警戒している様子。しかしその割に置かれた人員は皆緊張感の無い様子でした。この感じ、覚えがあります。上の警戒が下まで届いていないときのそれです」

「なるほど。向こうの御大将はあやかし故にこちらに気付いたがそれを明確に伝えることができなかったと?」

「あるいはあいつらは囮で自分だけ逃げる、という可能性も」

 十兵衛がちっと舌打ちをする。

「これは早く追い詰めた方がよさそうですな。その関所とやらは避けられそうですか?」

「少々難しいかと。隠れ進む途中で半端に見つかるくらいならいっそ正面から制圧した方が早いかと思われます」

 平左衛門が首を振る。彼がそう言うのならそうなのだろう。

「ふむ。では相手の獲物は?」

「大小持ちが一人。残り二人は脇差のみ。ただうち片方は腰に鉈を下げておりました。狭い場所ですのでそういったものの投擲にもお気をつけください」

「確かに」

「釈迦に説法でしたかな。では私は逃さぬよう奴らの背後に回りますので百数えてから奇襲をかけてください」

 平左衛門は再度するすると無音で奥に向かう。待つ間十兵衛は懐から竹筒を取り出し、中の酒を口に含みそれを刀に吹きかけた。今回のこれは清めというよりは目釘を湿らせるためのものだった。十兵衛は静かに刀を振ってみた。変装のためいつもの大刀ではなかったがそれでも元がいいのか程よく手になじんでいる。これなら戦闘中に何か問題が起こることはないだろう。

 そうこうしているうちに時間が百過ぎた。十兵衛はわざとガサガサと音を立てて山賊らの前に姿を現した。当然山賊は驚き固まり、そして十兵衛に向かって叫んだ。

「な、何もんだ、てめぇは!?」

「答えるつもりはない。それよりもこちらの質問に答えろ。お前たちが最近ここ一体で暴れている山賊か?」

「なっ!?」

 三人は一斉に獲物を抜き、強い殺気を込めてそれを十兵衛に向けた。

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