柳十兵衛 山で釣りをする 5

「おい、起きろ。お前の知っていることを話せ」

 十兵衛と平左衛門は捕らえた山賊を適当な木に括り付けて尋問を開始する。

「お前たちは何処の者か。何人いる。根城は何処だ」

「はっ!何のことだ?知ったこっちゃないね」

 しかし山賊にも維持があるのか、はぐらかしたりそらんじたりと一向に答えようとしない。殴ったり蹴ったり時には刀を抜いて見せたりもしてみたが返事が変わることはなかった。これには流石の平左衛門も少し困ったような顔を見せる。

「一度本庄まで戻りますか?ここではできることも限られていますし」

 それも一つの手かと考えていると、ふと十兵衛の鼻が異質な匂いを感じ取った。

「そうですね。ん?これは……ちょっと失礼」

 十兵衛は縛られている山賊に近づきその首周りの匂いを嗅ぐ。唐突な行動に山賊も「な、何してやがるんだ、てめぇ!?」と困惑するが十兵衛は構わず嗅ぎ続け、そして呟いた。

「これは……ケモノの匂いだな。それも相当濃い」

「はぁ!?うるせぇなぁ!悪かったなぁ、臭くって!こちとらしょっちゅう風呂に入れるほど上品な身分じゃないんでね!」

 馬鹿にされたと思ったのか口悪く返す山賊であったが十兵衛はそうではないと首を振る。

「違う違う。俺が言いたかったのはケモノ独特の妖術、あやかしの匂いがするって言ってんだ。山の中だと空気が淀んでて気がつかなかったがここだとよくわかる。お前はケモノに化かされてるんだよ」


「なに!?それは誠ですか、十兵衛殿!?」

 ここに来て急にあやかしの手がかりが出てきたことに驚く平左衛門。十兵衛も少し緊張した様子でこくりと頷いた。

「ええ。日に焼けた毛皮の匂いと熟れた果物を混ぜたような匂い。ケモノのあやかし独特のそれです。もっとも普通の人には感じ取れませんがね」

 十兵衛は『匂い』と表現しているがあやかしの気配は一般的に鼻で感じ取ることのできる普通の『匂い』とは根本的に異なる。現代の知識で言えばフェロモンの方が近いだろう。それを感じ取れるかどうかは個々人の才覚によるところが大きいため、同じように鼻を近づけた平左衛門はまるで何も感じないことに困惑していた。また困惑したのは山賊の男も同じであった。

「ば、馬鹿言うな、小僧が!俺が獣畜生なんぞに化かされるわけがないだろうが!!」

「化かされている奴はだいたいそう言うんだ。それにお前はケモノを舐めている。確かに下っ端の畜生程度なら子供だましが限度だが、本当に力を持っている奴は国一つを簡単に手玉に取るからな」

 一般人にも狸や狐が人を化かすということは知られていた。しかし同時に彼らの妖術はイタズラ程度のもので簡単に見抜けるとも思われていた。だがその認識は間違っている。そもそもうまい妖術とは相手にかかっていることすら気付かさせないものである。本当に力を持っている奴なら国一つが傾いてからようやく尻尾を出すくらいだ。

「ましてや今回の相手は頭の悪い破落戸ごろつき数人。怪しまれずにたぶらかすことなんて造作もないことでしょうよ」

「なるほど。ではやはりこいつらがなかなか捕まらなかったのは何かしらのまじないを?」

「おそらくは。ただそれほど強力なものではないですね。私もかなり近づかなければ感じ取れぬくらいでしたし。濃く感じたのは長い間操られていたせいでしょう」


 二人には一気に今回の事件の全容が見えてきた。やはり山賊にはあやかしが係わっていた。おそらくは狸や狐のようなケモノ系のあやかし。しかもそれは小話に出てくるような下っ端のそれではなく、怪しまれずに人間を操れるほどの実力者のようだ。

 だがこうした二人の会話を聞いてなお山賊の男はまだ信じられない様子であった。

「おいおい!頭おかしいのか、てめぇらは!?だからさっきから言ってるじゃねぇか!畜生なんかに化かされるかってよ!」

 そう口から泡を飛ばす山賊からは相変わらず乾いた毛皮と甘い果実のような匂いが漂っている。十兵衛は呆れたようにため息をついてから山賊の正面にかがみこむ。

「なら聞くがお前、山賊の仲間全員の姿を見たことがあるのか?」

「はぁ!?そんなの当然あるにきまってるだろう!?」

「本当か?代理とかそういうのではなく本人だぞ?お前は本当に全員の姿かたちを見たことがあるのか?それを口で説明できるのか?」

 十兵衛がここまで念を押すのは、改め方就任前の講義でケモノについての話を聞いていたからだ。講師曰く、ケモノのあやかしは極力人前には姿を見せない。なにせしっぽ一つ隠し忘れただけで人間ではないとばれてしまうからだ。だからもしケモノのあやかしが何かをしようというのなら、そいつは姿を見せずに幾重にも人を操って事を成そうとするでしょう、というのが講義に協力してくれたケモノのあやかし本人の言葉であった。

「で、どうなんだ?お前は全員の顔を見たことあるのかないのか?」

「そりゃあもちろん全員……あ、あれ?」

 急に何かに気付いたのか目を見開き固まる山賊。その表情はさっきまでの喧嘩腰のそれから一変して見るからに困惑に満ちていた。

 のちに吐くことだが男は今更自分が一度も頭領の顔を見たことがないことに気付いた。思えば指示はほとんどが誰かからの又聞きで、たまに声を聞くことがあっても暗がりだったり何かの影だったりでその姿までは見たことがない。そして何より驚いたことは自分が今この時までそれをおかしいと思っていなかったということだ。その事実に気付くと男はぞっと寒気を感じた。

「うそだろ……なんで俺は今まで……」

 戸惑う山賊の前に平左衛門が歩み寄る。あやかしは専門外だが人の心理には覚えがある。平左衛門は落ち着いた口調で山賊に声をかける。

「協力するというのなら役人には助命の口添えをしてやろう。お前たちのことを話せ」

 男は今度は素直に口を開いた。


 男が素直になってくれたため残りの山賊の人数とその根城の位置が分かった。山賊は男を含めて五人。つまりは残り四人。頭領は顔の思い出せない推定あやかしで、残り三人は顔がわかるため推定人間だろう。根城は近くのとある山中にあり、そこへと続く隠された道の場所も当然聞き出した。それらを懐紙に書き留めた平左衛門は十兵衛の方に向き直る。

「さて。根城は割れましたがいかがなさいましょうか?」

 厳密に言えばこの時点で十兵衛らの目的は達成している。山賊とあやかしとのつながりは確認できた上に手土産としてそのうちの一人まで捕らえている。しかし血気盛んな十兵衛がこれだけで満足するはずがないだろう。そう考えての質問であったが当の十兵衛の返事は予想外のものであった。

「……平左衛門様はどうするべきだとお考えですか?」

「!?」

 驚く平左衛門。十兵衛なら返す刀で攻め込もうと言い出すかと思っていたからだ。だが少し調子は崩れるが相談されること自体は悪いことではない。平左衛門は軽く思案してから答えた。

「……そうですね。私たちの目的は達成してはいますが、情報の利を考えると根城に攻め込むのも一つの手ではあると思いますよ」

「情報の利ですか?」

「ええ。ここでの利とは、我々が奴らの根城の位置を知っている、ということを向こうがまだ知らないであろうということですね。『知っているということを知られていない』という状態です。このような時には大きく打って出るのが定石です。ここで無駄に時間を浪費しては向こうも『知って』しまい対策を打ってくるでしょうからね」

「なるほど確かに……」

 平左衛門の案は理にかなっていた。相手の準備が整う前に打って出るというのは兵法の定石だ。納得すると同時に十兵衛はこんな基本的なことすら気付けずにいた自分に嫌気がさす。

(まったく、少し考えれば攻め込むべきだとわかるじゃないか。どうしたんだ。何を怖気づいているんだ、俺は!)

 十兵衛は半ば意地で「そうですね。それではさっそく攻め込みましょうぞ」と返答した。

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