柳十兵衛 山で釣りをする 3
山中にて見事山賊の一人を釣り上げた十兵衛。しかしこれを打ち倒せば事件解決というわけではない。武者働きに憧れを持っていた十兵衛であったが任務の目的自体は忘れてはいなかった。目的はあくまであやかしが係わっているかどうかを見極めること。その達成のためにはようやくつかんだ手掛かりであるこの男をどうするかにかかっている。
(さて、どうするか)
刀はまだ抜かずに思案する十兵衛。欲しいのは他の山賊についての情報だ。ならば思いつく手は二つ。一つはこいつを捕らえて吐かせる方法。もう一つはわざと逃がして平左衛門に尾行させるという方法だ。だが十兵衛がどちらを選ぶかよりも先に山賊の男の方が動いた。
「なんなんだ、てめぇは!?町の番方か!?」
頭に白いものが目立つ山賊の男は半歩詰め寄り、威嚇のつもりかボロ刀を過剰にちらつかせる。十兵衛からすれば
「待て待て落ち着け。俺はただ江戸に行きたいだけの牢人だ。貴様は山賊か?悪いが襲われてやるつもりはないが、だが無理に捕まえる理由もない。引くなら追わぬが、さてどうするか?」
十兵衛は相手に判断をゆだねることにした。これでも襲ってくるのなら打ち倒せばいいし、引くのなら後は平左衛門に任せればいい。そして山賊が選んだのは引かない道であった。
「うるせぇ!舐めるなよ、小僧!」
一回り以上年下の十兵衛に袖にされたのが気に障ったのか、激高した山賊は改めて八相に構える。年の功からかその構えは堂に入っていたが、それでも十兵衛から見れば隙だらけの構えであった。
「やれやれ……まぁうまくやりますか」
ここに来てようやく十兵衛もゆるりと刀を抜き下段に構える。その落ち着き払った様子に山賊は一瞬たじろぐが啖呵を切った手前もう引くこともできない。男は構えたままぎこちなく、十兵衛は静かに間合いを詰める。そして両者の間合いがいよいよ重なるその直前に、しびれを切らしたのか山賊の男が十兵衛に飛び掛かった。
「ふっ、つあぁぁぁ!!」
(遠い。馬鹿者が)
男の下手な兜割りを軽く舞うかのようにかわした十兵衛はその勢いのまま流れるような剣さばきで山賊の左前腕を大きく裂いた。
「っがぁっ!?」
切先が肉を裂き、鮮血が飛び散り、男が悲鳴を上げる。痛覚からびくんと硬直した男に対し十兵衛は止まらずに刀を押さえつけ、さらに一歩踏み込み右手で男の肩を強く小突いた。体勢を崩した男は尻もちをつき、その間に十兵衛は再度間合いを取る。一瞬の攻防は十兵衛の圧勝で終わった。
(これで仕舞いだな)
「くぅぅぅぅ……」
転がされた男は痛みを堪えるように呻く。その衣服は流れる血であっという間に赤く染まっていた。傷自体は命に係わるほどではないが決して浅いものでもない。しばらくは痛みからろくに刀も振れないだろう。故にこれにて勝負あり、と思ったのは十兵衛だけであった。
「ぐ……きぇあぁぁぁぁぁ!!」
「なっ!?」
山賊の男はそうは思わなかったらしい。男は怒りか、あるいは痛みを紛らわすためか大きく叫んで再度切りかかってきた。もちろんそんな乱雑な攻撃が十兵衛に届くはずはない。しかし思わぬ反撃に十兵衛は必要よりも三歩も後ろに下がってしまった。
「くっ!?お、おい!見苦しい真似をするな!その傷ではもう戦えんだろ!?」
引くように促す十兵衛。しかし男は鬼気迫る表情で睨み返す。
「うるさい!このくらいは傷のうちに入らんわ!この戦場も知らぬ小童が!」
「……っ!!」
どくんと十兵衛の心臓が跳ねた。不覚にも山賊の言葉に動揺をしてしまう。そしてさらに不覚なことにその動揺を山賊に察せられてしまった。山賊の男はその様子を見て勝ち誇ったかのように笑った。
「はっ!ははっ!図星のようだな小僧め!俺は大坂の役に参戦したこともあるからな!お前のような鼻たれとは違うんだ!死ねえっ!」
そう叫んで山賊は十兵衛に切り掛かる。十兵衛の動揺を好機と見たのかもしれない。しかしそれでひっくりかえせる程度の形勢ではなかった。
「くっ……!」
十兵衛はすぐさま峰を返し鋭く踏み込んで山賊の胴を強く打つ。鉄の棒が男の体に深く沈む。
「がっは……!?」
手にはどこかの骨が複数本折れる感触が返ってきた。そしてこれが決定打となった。山賊の男はようやく泡を吹いてその場に崩れ落ちた。
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