柳十兵衛 本庄で聞き込みをする 3

 詰め所を出た十兵衛たちは近くの適当な茶屋に腰を下ろす。二人は一杯の茶と団子を注文するとそれが来るまでの間に次はどう動くかについて話し合った。

 目下最大の問題は情報不足だ。山賊はこちらの想像以上に狡猾だったため次の行動が予測しづらい。迂闊に動けば煙に撒かれる可能性もある。情報が必要だった。

「この町のあやかしに話を聞いてみますか?うまく溶け込んでいますが注意して探せば見つけるのはさほど難しくはないかと」

 十兵衛はそう提案したが平左衛門は少し考えたのちそれを却下した。

「それはまだ早いですね。接触するということはこちらの素性も暴かれかねないということ。怪異改め方は秘密の役儀。その存在が江戸から近いここ本庄で露見するのは少々問題かと」

「なるほど。そういう考えもあるのですね。ではやはり……」

「ええ。とりあえずまずはこの被害者とやらに話を聞いてみましょうか」

 山賊の被害者。彼らのほとんどは既に江戸や国元に帰っていたが幾人かはまだこの本庄にとどまっているらしい。二人は運ばれてきた団子をさっさと腹の中に収めて原田から聞いた被害者らの居所へと向かった。


 二人がまず向かったのは利根川沿いのとある荷下ろし場。被害者の一人がここで日雇いの人足として働いているらしい。近くの者を捕まえて尋ねればその人物はすぐに見つかった。

 男の名は彦二。細身の男で年は四十から五十ほど。十兵衛たちが呼び出すと彼は緊張を虚勢で隠した態度でやってきた。

「江戸のお侍さんたちが今更山賊について聞きたいだなんて、どういう了見ですかねぇ?」

 舐められたくなかったのだろうか、初め彦二は二人に挑発じみた態度を取っていたが平左衛門が小金を渡してやると人が変わったかのように話し始めた。


「あれは二月ほど前でしたかね。あっしは江戸へと向かっておりやした……」

 彦二曰く彼は以前若狭のあたりで博徒じみた世渡りをしていたという。しかし昨今の京都周辺の取り締まりの強化によってそんな生活にも限界が見えてきた。そこで彦二は西に見切りをつけて江戸へと足を延ばしてみることにした。彼曰く「元は越後の方に住んでましてね。やっぱり東の方が水があってる気がしますよ」とのことだった。

「江戸に向かうと決めたまではよかったんですがね。いかんせん懐事情が厳しいもんで、安い宿や日雇いで小銭を稼ぎながらのんびりと進んでたんですよ。それであの日の前日にですね、名前は忘れましたがここから北西の山中にある村の惣堂に泊ったんです」

 惣堂とは村共同のお堂のことである。こういったところで旅人が一夜を過ごすのは珍しいことではなかった。

「ただその村が少し辺鄙なところにありまして、街道に合流するには結構な遠回りをしなきゃならなかった。なのであっしはちょいと無理をして山を突っ切ることにしたんです。川にぶつかれば、それを下った先に本庄があるってのは聞いてましたからね」

「その最中に山賊に襲われたのか?」

 そう訊くと彦二は急に曖昧な口調となった。

「山賊と言いましょうか、う~ん……」

「なんだ、はっきりとしろ!」

「まぁまぁ。ちゃんと喋りますから聞いてくださいな」

 話しているうちに調子が出てきたのか、彦二は所々に上方訛りを出しながら続きを語り始めた。


「山にはちゃんとした道はありませんでしたが獣道程度ならありました。そこを道なりに進んでいくとですね、途中脇の藪の中で人がうずくまっているのが見えたんですよ」

「人が?道もない山中でか?」

「ええ。見つけた時は驚きやした。ただまぁ、あっしだって同じ山にいますからね。同じように突っ切ろうとした人なのかもと思ったんですよ。ですが改めて見るとその人はまるで動く様子がない。不気味に思いましたが狭い道で迂回もできない。というわけでとりあえず近づけるだけ近づいてみることにしたんですよ。するとですね……」

「すると?」

 ここまでおどろおどろしい口調で語っていた彦二であったが、ここで急に肩をすくめて軽い口調になった。

「なんてことはない、ただのデカい岩でした。岩に布っ切れが引っかかっていて、それがうずくまった人に見えてたんですよ」

「なんだそれは!おい!真面目に話せ!」

「いやいや、真面目に話してますって。それに話はここからでしてね。いやあっしも『なんだ岩か』と思いましたよ。紛らわしい真似をってね。ところがですね、そう思って油断した直後。直後にですね背後から頭をぶたれて気を失ったんですよ」

「背後から?」

「ええ、もうガツンと。それで気が付いたら身ぐるみ剥がされて河原に寝かされてたんです。いやもう狐か何かに化かされたのかと思いましたよ。山の中から河原ですからね。ですが取られた物は取られてましたし周囲に人影もない。どうしようもなくなって仕方なく川に沿って下ってたら本庄にたどり着けたというわけです」

 十兵衛と平左衛門は顔を見合わせた。彦二の話は一見すると荒唐無稽に聞こえるがあやかしが係わっているとするならばそう不思議なものでもない。

「どう見ますか?」

「判断するにはまだ早計かと。他にも襲われた人がいるのならその話を聞いてからでも遅くはないと思われます」

「いかさま。それでは次の者に聞きに行きますか」

 そう話す二人の間に媚びるような視線で彦二が割って入ってきた。

「へへへ。役に立ちましたでしょう?でしたらもう少しばかり心付けなんかを……」

 平左衛門が指で小金をはじくと彦二は喜んでそれを拾った。


 その後十兵衛たちは複数人と面会するが、そこでまた似たような話を聞くことができた。ある者は小さな子供がたたずんでいたと言い、またある者はどこからか女の声が聞こえたと言う。だが結局そのすべてが見間違いや聞き間違いで、それを不思議に思っている最中に背後から襲われたそうだ。

「訊けた例が少ないですが、これはもうそう思っていいんですかね?」

「おそらくは。あとはあやかしが係わっているかどうかですね」

 あくまで机上の推察だが山賊の手は読めた。あとはこれが単なる奇術かそれともあやかしの技かを見極めるだけだ。だがこれがなかなか難しい。なにせこのくらいの手品なら普通の詐欺師でもできてしまうからだ。彼らが捕まらないのは単に手練れなのか、それともあやかしなのか。こればかりはもっと踏み込まなければ判断がつかない。

「さて、どうしましょうか。もう本庄に残っている被害者もいないようですし……」

「そうですな。ここはひとつ……」

 平左衛門の問いかけに十兵衛がにやりと笑った。

「私が餌となりましょうぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る