柳十兵衛 本庄で聞き込みをする 2
「卒爾ながら御免。拙者、酒井讃岐守家来・前島平左衛門にございます。此度の山賊の件について伺いに来ました」
現地本庄の詰め所に着いた平左衛門が忠勝の名を出すと、さすがは老中の御威光であろうか、二人は詰め所内にて一番上等な部屋に通された。
そしてしばらくせずに緊張した様子の壮年の武士がやって来た。おそらくここで一番格の高い者なのだろう。彼は原田
「酒井讃岐守様の使いの方々、此度はこちら本庄までご足労いただき誠恐悦至極に存じます」
堅苦しく礼を述べる原田。平左衛門はそれを形式的に受け取りつつ本題を話すよう促した。
「うむ。それではさっそくですまないが現在の状況を説明してもらえるか」
「はっ、それでは……お恥ずかしながらご存じの通り、数か月前からここ本庄周辺に山賊が出没するようになったのです。こちらがその記録です」
原田は二人の前に地図を広げる。それはここ本庄を中心とした略地図で所々に赤い墨で×印と日付とが描かれていた。
「赤い印のところが被害を受けた者が襲われたと証言した所です。日時も共に。直近だと十日前に一件被害が出ました」
見れば確かに忠勝から聞いていた通り、半年ほど前から本庄周辺で山賊の被害報告が出ている。数は確認されているだけで十八。場所はすべて街道から少し離れた人目につかない所でさらに全員が一人のところを急に襲われたいたため目撃証言といったものもない。
「日時も場所も一貫性がないためどうにも尻尾がつかめず、お恥ずかしながら手を焼いておりました」
原田が恥じるように述べるがこれなら無理もないだろう。平左衛門も眉根を寄せる。
「なるほど。これはなかなか厄介そうだ。この印付近の黒い点は?」
「それは被害者の
内陸を通る分中山道は東海道と比べて険しい峠が多い。加えて江戸を目的地としている人から見れば、本庄は難所をほとんど越えて江戸が目と鼻の先の武蔵国に入ってきたところにある町だ。気が緩んでも仕方のない場所でもある。平左衛門は「うまいことを考える」と小さく舌打ちした。
十兵衛もまた協力しようと慣れぬ頭で考え意見を述べた。
「襲われたのは皆人目の付かぬ場所だそうですが、そもそもなんでそのようなところを通っていたのでしょうか?腋道か何かがあるのですか?」
それについても原田が答える。
「理由はいくつかありますね。道に迷った。近道をしたかった。雨でぬかるんだところを歩きたくなかった……」
本庄周辺には利根川系の支流が幾本もあり、そしてまだ完全に整備されていない頃でもあった。
「それと前日に街道から外れた村の宿に泊まったためと答えた者もおりました」
「街道から離れた村の宿?」
「ええ。正式な宿場の宿は値が張りますからね。いわゆる隠れ宿というやつです」
この頃幕府は治安上の理由から宿泊可能な宿に制限をかけていた。幕府の許可なしではそのような宿を営むことはできない。しかし実際は多くの村々が隠れ宿を営んでいたのが実情だった。そういった宿は本筋の宿よりも安いため好んで使う人は少なくない。
「その隠れ宿が山賊とつながっているという可能性は?」
「それもないですね。調査もしましたし、それに大きな声では言えませんがここ本庄周辺は客も多いですからね。わざわざ山賊家業に手を出す必要なんてないのですよ」
「ふむ。それもそうか。ではこちらは……」
その後しばらく細かい質疑応答が続いたが、さすがに本庄の方でも手を尽くした後だっただけに新たな発見のようなものはなかった。
一通りの情報が出揃ったところで平左衛門はそれならばとある意味で今回の目的を切り出した。
「ところで報告ではあやかしが係わっているやもしれぬ、とあったがそこのところはどうなのだ?」
尋ねると原田は今日一番の固い顔となった。
「あやかしの噂が広まっていることは把握しております。ですがはっきりと言うならば『わからない』と言うほかありません。なにせこちらにはその道の専門家がおりませんので。故にそれがわかる者を寄越してほしいとお頼み申し上げていたのですが……」
原田は十兵衛と平左衛門を見る。原田らが江戸から来てほしかったのはあやかしが見える僧侶や陰陽術師のような人間だ。しかし来たのは武士二人。怪異改め方を知らない原田からしてみれば期待外れの人選である。
(いや、あるいは山賊すら捕らえられない我々を罰しに来たのかもしれない……)
(……などと考えているのだろうな)
平左衛門は原田の固い顔からその胸の内を読み切っていた。確かに原田からすれば気が気でない使いだろう。しかしここで安易に十兵衛のことを、怪異改め方のことを言うわけにもいかない。故に申し訳ないが原田には今しばらくやきもきしてもらうことにした。
「まぁ、わからぬものは仕方がありませんな。ところでこの件は我々も独自に調べさせてもらいます。なに、悪いようには致しませんのでどうぞお気になさらずに」
原田は不本意な表情ながらも「はっ」と言って頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます