柳十兵衛 本庄で聞き込みをする 1

 鴻巣こうのすで一夜を明かした十兵衛たちは翌日朝一で宿を発つ。昨日と同じく健脚を発揮した二人は特に問題なく昼前に目的地である本庄へとたどり着いた。

「ここが本庄ですか。これはまた活気のある宿場ですね」

 大通りの入り口で思わず足を止めた十兵衛が感嘆する。

 本庄は武蔵国、現在の埼玉県最北に位置する宿場町である。いわゆる中山道上にあり近くには日光へと続く日光街道、さらに関東重要水路の一つ利根川にも接している。そんな立地故に往来には町人だけでなく旅人や商人、日雇いの人足から物乞いと様々な人々が行き来していた。

「確かここは元は城下町だったんですよね」

「ええ。ここから少し西に本庄城がございました。ですがいろいろな都合から廃城となり今では商業中心の宿場町となっております。つい先日本陣(大名向けの宿)も建てられたとのことですよ」

「ほぉ。それはまた景気のいい話で」

 江戸とはまた違う活気のある町・本庄。興味は尽きないが今回の目的は観光ではない。平左衛門は抜け目なく尋ねる。

「それで如何かな?十兵衛殿。あやかしの気配は感じられますかな?」

 そう、目的はあくまであやかしの有無である。それに十兵衛は事も無げに答えた。

「幾つかそれらしい気配は感じられはしますが……これはおそらく山賊とは関係のないあやかしでしょうな」

「ん!?あやかしの気配があるのですか!?」

 ここは本庄往来のど真ん中。思わぬ返答に平左衛門は慌てて気配を探る。しかし忍びの鍛錬を積んだ平左衛門ですら怪しげな気配を感じることはできなかった。

「……疑うようで申し訳ないが、本当にいるのですか?」

「ははっ。そう思われても仕方がありませんが、確かにおりますよ。一口にあやかしと言っても多種多様おります。すべてが悪意を持っているというわけではありません。市井で生活しているあやかしは存外いるんですよ。私も研修中に江戸内で幾人かにお会いしました。皆普通の人間のように暮らしておりましたし、中には十年以上店を構えていた者もおりました。土地になじんだ匂い、とでも言いましょうか、今私が感じているのはそういうあやかしの気配ですね」

「つまり無害だと?」

「そこいらの破落戸ごろつきよりは。もちろん改めての確認は必要でしょうがね」

 そう事も無げに言った十兵衛を見て平左衛門は改めて気配を探る。しかしやはりあやかしの気配など微塵も感じられない。

 平左衛門は忠勝の下についてからもう長い。任務も数多くこなしておりその中にはあやかしに関わるものも少なからずあった。故にあやかしについての心得は多少はあった、つもりであった。だがしかし本職と比べるとこうも差が出るか。

 もちろん十兵衛を疑うつもりはないが、それでも何も感じないものを信じろというのはなかなか厳しいものがあった。

(怪異改め方が長年空席だったのも頷ける。俺も役儀でなければ鼻で笑っていただろうな)

 そう考えながら厳しい顔になっていたのだろうか、十兵衛が少し心配そうに声をかける。

「いかがなされましたか?平左衛門様」

 平左衛門は慌てて表情をやわらかいものに戻した。

「あぁ、いえ。これはやはり、あやかしは十兵衛殿に任せる他ないなと考えていたのですよ。それでは話を聞くために詰め所へと向かいましょうか」

 平左衛門の提案に十兵衛は素直に頷き後に続いた。

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