第26日目 頭がおかしい 8月
「今日の数学のテストで補修を受けると思うのですが、4時半までに終わると思いますか? 絶対に、4時半のスクールバスで帰りたいのですが。それと、今回は頭がおかしかっだけなので、4時半に帰らせて下さい。絶対に、次の期末で良い点取るので……」
『補修→補習
4時半には、終わりません。おかしいお前の頭を補修してやろう。
“絶対に良い点を取るので”この言葉、覚えたぞ!!! 』
いつものように、荷物を持ったままソファにドカッと座りふーっとため息をついた。
いつにも増して、疲れているご様子。
「今日も1日、ご苦労さん。お疲れ様、あなた。
しかし、今日は特に頑張ったよ。あら、そうなの? じゃあ、今日は1本オマケしとくわね! ああ、ありがとう」
趣味は娘の日記を盗み見ることと、独り言のようだ。これは、かなりヤバい奴の部類に入るのではないだろうか。
以前から独り言が多いのだが、親父自身でも独り言なのか心の声なのか分からないことがあるのだ。それも、一人称(私)だけではなく二人称(あなた=妻)の登場人物まで増えてきた。これは、相当お疲れの親父もしくは寂しい親父なのか。
「数学の点数悪かったんだな。知らなかった。でも、補習を受ける側が帰る時間のリクエストなんか、していいの? 凄い、図々しいヤツだなぁ。俺なら、言いたくても言えねぇ」
頭を左右に振って、立ち上がると冷蔵庫のところまで行った。
「今日は週末じゃないけど、オマケしてもらえて嬉しいよ。じゃ、お言葉に甘えて1本頂くとしよう。ええ、モチロンよ。あなた」
妻のセリフの時には、ちゃんと声色を変えていてさらに気持ち悪い感じになっている。小脇に日記を挟んで、ビールを1本取り出した。トコトコソファまで戻ると、プシッと勢い良くビールを開けて座らずに飲みだした。ゴクゴク飲んでフーッと息をつくと、ようやくソファに深く座った。
「生き返るわぁ。今日は、ト・ク・ベ・ツよ。ウフフフッーーー?! 」
その瞬間、親父の声が裏返った。そして、自分の目を疑った。目線の先には、娘が立ちすくんでいるではないか! 娘がトイレから出てきたことに、全く気づかなかった親父がピンチ。娘はそんな親父を、明らかに侮蔑と哀れみの目で見ている。
「とうとう、おかしくなった? 」
「いやいや、これはだな……」
「分かってる。お母さんには、秘密にしとくから」
「いや、そうじゃなくて……」
親父の言葉を遮るように言い放った娘は、その場を立ち去った。
後に残された親父は、片手にビールを持って立ち尽くしていた。親父には珍しく、心の中では“日記読んでたのを見られてなくて、本当に良かった”と意外にも前向きだった。
次の日、娘から驚愕の一言。
「お父さんさ、週末じゃないのにビール飲んでたよ」
「えーー! それ、秘密にしてくれるんじゃないの? 」
「え?! 女の声真似して、ウフフッて笑ってた気持ち悪い事を内緒にして欲しいんでしょ? 」
「そっち? じゃないよ。だって……」
“だって、母さん怖い顔でこっち見てるだろ!! ” とは言えず、親父は蛇に睨まれた蛙のようにその場に立ち尽くすしかなかったのだった。
「お前、本当に頭おかしいわ! 」
「いやいや、頭おかしいのあなたでしょ。ウフフフっなんてね」
ニヤリと笑顔で言ったのは、妻だった。
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