第14日目 弘法も筆の誤り
「今日は、昼御飯にピザ食べ放題に行きました。
いっぱいピザを食べました。
美味しかったです。
私は、竹やぶにも行きました。
すごく熱かったです。夏かと思いました。
前に行った時より人が減っていました。
なぜなら、すごく熱かったからです。
お母さんは、そこで家(ポリンキー)の散歩させていました。
ポリンキーは、すごく熱そうでした。
舌をハァハァさせていました。
毛虫が、いっぱいいました。
私のジーズンに、毛虫がいてすごくびっくりしました。」
『散歩させたのって、“家”じゃなく“犬”な?
ジーズン→ジーンズ、な。
“熱い”という漢字を3回も使ってるけど、“暑い”な?“暑い”を越えた暑さの意味?
ピザ食べたくなってきたーーー』
「ホント、今年の梅雨はどうなってんだか、雨が降らねぇな。最近、暑いのなんのって。毎日、暑くて、暑くて、仕事なんかやってらんねぇな」
そう言いながら親父は、部屋に入るとすぐにパチッとテレビの電源を付けた。ドカッとソファに座ると、扇風機の向きを自分の方向に向けた。「ブーーー」という大きな音とともに、風が巻きおこる。耳では、明日の天気予報と気温をチェックしている。
ようやく、いつもの日記に目を落としながら呟いた。
「日曜日、あんまり暑くて、近くの竹林に行ったんだったな。行ったら行ったで、まぁ暑かった。嫁さんに散歩させられてたモップも、迷惑そうな顔してたな」
モップとは、モップ型の大型犬“イングランド・オールド・シープドッグ”で、モップの本名は、“ポリンキー”だ。
もし親父が、「ポリンキー」と呼んだところで目だけチラリと見るだけだろう。いや、前の毛で目が隠れていて、見ているのかどうかすら分からない。
「暑さのせいか、間違いの度合いが激しいな。さすがに、“家”と“犬”を間違って書くかねぇ? 先生も、こんなの全部にツッコミしてたら疲れるだろうなぁ」
親父は、担任の先生が男性だと最近知った。男性だと分かるとガッカリはしたものの、なぜか自分を重ねて同情してしまうようだ。性別以外、何もかもが全く違うのだが。
「クラス全員の日記を毎日毎日読んで、間違った漢字直して、訳の分からない話にツッコミ入れて、ホント先生、ご苦労様です! 漢字ぐらいはこっちで面倒見ますんで、ホント先生、すまねぇ!」
次の日、親父は娘に白い紙を渡しながら、
「心理テストな。“いぬ”って漢字を書いてみて? 」
漢字テストと言わなかったのは、娘のプライドを傷つけまいとする親父の親心である。
そう言うと、娘は何の躊躇もなく大きな字で書き出した。
“太”と。
大きく堂々と書かれた“太”という字と対照的に、それを見た両親を縮みあがらさせた。
「で、これで何が分かるの?」
「お前の将来さ。太い人生を歩むって分かった。きっと、大きな人間になるよ」
そうだ、“家”と比べると“太”は随分“犬”に近付いた。点の打ち所が、悪いだけだ。
弘法も筆を誤って、点を書き忘れたではないか。
きっと、娘は小さい“点”など気にしない器の大きな人間として図太く歩んで行くのだろう。
それも、悪くはない。
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