第6日目 “死に行く”と“飼育”
「 私の誕生日が合宿に重なっていることを気がつきました。
私の誕生日は、4月9日です。
小学校の時に私と同じ誕生日の子がいました。
その子が自分の誕生日を “死に行く”覚えているようです。
すごく縁起が悪いですよね。」
『 “飼育”でも良いと思いますよ。
何か生き物を飼育していますか?』
「 はい、犬を飼っています。
オールド・イングリッシュ・シープドッグです。
鳥も飼っています。
白色のセキセイインコです。
先生は何か飼っていますか?」
「あーーー、危ねぇ危ねぇ。もうすぐ誕生日だってこと、忘れるとこだった。ん? 今年、何歳になるんだっけな?」
左手でネクタイをグイッと乱暴に緩めると、右手にはもう日記を掴んでいる。
「たまたま合宿と重なるなんて、娘のことながら可哀想になぁ。家で誕生日を祝ってやれないのは、初めてだな」
まがりなりにも可愛い一人娘なので、例年なら妻が娘の好物を作って家族で祝っている。とはいえ、親父自身ですら娘の7歳の誕生日からは参加できていない。
「確かに、あいつの誕生日覚えにくいんだよなぁ。
市役所に行って記入するとき、いっつも嫁さんに電話して聞いて怒られてるもんな」
子ども手当ての手続きで生年月日を記入するとき、親父は娘の誕生日なのに合っているか自信がなくて、毎度妻に電話して聞いているのだ。
「“死に行く”かぁ。縁起悪いけど、これなら覚えられそう。こりゃぁ、いいわ!先生が考えた“飼育”はなぁ、、、イマイチ、パッと思い出せねぇな。悪い、先生!俺、子どもの方のアイデアを頂くことにするわ」
可愛い一人娘の誕生日すら未だに覚えられず、子どものアイデア“死に行く”という縁起の悪い言葉の方を覚えようとするところに親父らしさが垣間見える。
「“飼育”繋がりで、何を飼育してるか聞くなんて流石先生だな!ていうか……」
とブツブツ言いながら風呂場へ行く途中、ふとした疑問が頭を過る。
「オールド・イングリッシュ・シープドッグ? って、ウチの犬のこと?」
娘の誕生日すら覚えられない親父なのだから、飼い犬に興味があるわけでもなく、種類などもってのほかだ。
ある日家に帰ってきたら、突然この大きな犬が家にいたのだ。妻と娘が、保護犬センターから貰い受けてきたそうだ。
よりにもよって、親父の人生初の飼い犬が初級者向けのティーカップトイプードルではなく、上級者向け30キロ級オールド・イングリッシュ・シープドッグになってしまった。
そう、親父からするとその飼い犬は、だだの“モップ型の大型犬”でしかない。
親父は今日も、そのモップ犬の寝床の前をソロリソロリと通って、やっとのこと風呂場へ辿り着くのだった。
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