第58話

 授業が終わったあと。


 テツヤは原付を家とは逆方向へ走らせて、マナカのお見舞いに向かっていた。

 途中でスーパーに立ち寄り、マナカの好きそうな物……ゼリーとか、プリンとか、フルーツ系のジュースとか、個食パックのヨーグルトを買った。

 もちろん、コーラ缶も忘れず買っておく。


 レイは電車通学だから、向こうの駅で落ち合い、一緒に織部家まで行くことにした。


「随分と買ったわね。あの子、ただでさえ食いしん坊なのに……」

「妹がかわいいから、つい食べさせたくなるってこと?」

「うるさい」


 図星だったらしく、教科書の入ったカバンで殴られる。


 今日はサプライズ的なお見舞い。

 あらかじめ教えたら『もう全快復したので大丈夫です!』といって遠慮されるのが目に見えているから。


 マナカが寝ていた場合、置き手紙でもして帰ろうと思っている。

 安眠を邪魔したら本末転倒なので。


「気にしなくていいわよ。私が叩き起こしてあげるから」

「やめなって」


 レイなら本当にやりかねない勢いだったので、ストップをかけておいた。


「お邪魔しま〜す」


 小声でいってから、テツヤは2階へ向かった。

 レイとマナカの部屋は横並びで、間取りもまったく同じらしい。


『MANAKA』のネームプレートがぶら下がっている。

 マンガに出てくる女の子の部屋みたいでドキッとする。


「本当に入っていいの?」


 ドアノブに手をかけながら、後ろを向く。


「いいから。私は1階にいるから。何かあったら呼んで」


 起こすと悪いよな。

 そう思ったテツヤは、そお〜っとドアを開けた。


 マナカがいた。

 ベッドに寝転んだまま携帯ゲーム機をいじくっている。

 視線は天井の方を向いているから、まだテツヤの登場に気づいていない。


「おかえり〜。お姉ちゃん、スポーツドリンク買ってきてくれた?」


 マナカはボタンをポチポチしながらいう。

 こいつ〜、中々強いな〜、とボヤいて前髪に触れた。


 パジャマ姿だ。

 空のペットボトルが床に散乱しており、たっぷり寝汗をかいたことを物語っていた。

 テツヤがベッドに近づいても、ゲームに夢中のマナカはまだ気づかない。


「ジュースならたくさんある」

「ありがとう……て……えっ、えっ、テツヤくん? どうして……」


 手から落ちたゲーム機がマナカの額にヒットして持ち主を苦しませる。


「イタタタタ……じゃなくて! ものすっごい恥ずかしいところ見られた! どうやって家に入ったの⁉︎」

「普通にレイさんに入れてもらった」

「本当にテツヤくんなの⁉︎」

「もちろん、本物だ」

「えええええっ⁉︎ ちょっと⁉︎ お姉ちゃん⁉︎」


 1階のレイはほくそ笑んでいるだろう。


「あぅ……恥ずかしい……」

「どうして?」

「パジャマ姿だし……髪の毛ベトベトだし……なんか汗臭いし……歯を磨いてないし……」

「でも、体調不良なら仕方ない」

「うぅ……そうだけど……」


 服装も髪型もまったく違うけれども、マナカはマナカだ。

 新しい表情を見つけられた嬉しさで、テツヤの口元は自然とほころぶ。


「ごめん、マナカさんが寝ていると思って不意打ちできたんだ。これを置いたら、置き手紙でも残して帰ろうかと」

「袋の中、見てもいい?」

「どうぞ」


 ベッドの上であぐらを組んだマナカが、お見舞いの品を1個1個並べていく。

 プリン、ゼリー、ゼリー、ヨーグルト……と読み上げるたび、顔から憂いの色が消えていく。


「ねえねえ、テツヤくん、時間ある? 一緒にジュースを飲んでいってよ。マナカ、喉が渇いたんだ」

「別にいいけれども……マナカさんは何味がいい?」

「ミカンで」

「じゃあ、俺はグレープフルーツをもらうよ」


 マナカはコーラ缶を気にした。


「果物ジュースとコーラを混ぜると意外においしいんだよ。知ってた?」

「知らない」


 マナカは紙コップをテツヤに持たせると、まずはコーラを、続いてグレープフルーツジュースを注ぐ。

 テツヤも同じようにマナカの紙コップに注いであげた。


「乾杯」


 一口飲んでみる。

 炭酸が薄まったせいで、やわらかい口当たりに変化しており、未知の飲み物になっている。


「いけるな」

「でしょ」


 マナカがコップの中身を一気飲みしたので、テツヤも真似しておく。


「ねえねえ、今日のバイトは?」

「休みだよ。明日から3連勤だけれども」

「だったら、もう少し一緒にいてくれる?」

「1時間くらいなら」

「やった」


 マナカはやりかけのゲームを途中保存すると、小脇にどけて、テツヤもベッドに腰かけるようポンポンしてきた。

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