第57話
案の定というべきか、マナカはデート後、風邪を引いた。
すでに帰り道で眠そうにしており、一夜明けると一気に発熱したらしい。
織部家まで送り届けたとき、レイとは一度会った。
『明日、覚えてなさい』と
静かに冷たく怒っている。
人間の怒りパターンはたくさんあるけれども、まあまあヤバめの怒り方だと、この時は覚悟した。
そして翌日の昼休み。
テツヤはお弁当を片手にダッシュした。
郷土資料室についたとき、ちょうどレイは鍵を開ける最中であり、
「よくもノコノコと顔を出したわね」
と先制パンチを放ってきた。
恐縮しまくりのテツヤが、
「ごめんなさい」
を伝えると、小さい拳が頭をポコポコしてくる。
「あれ? レイさん、いつものサンドイッチは?」
「今日は手ぶらよ。テツヤくんのお弁当、食ってやる」
「レイさんならそういうと思って、多めに用意してきたよ」
レイがかあっと赤面する。
怒らせたかな? と身構えたが、春風のように優しい笑みを向けられた。
「ムカつくくらい気が利くよね、君は」
「褒めるのは食べてからでいいよ」
「まったく……」
レイにどう謝罪すればいいかな、と考えたとき、お弁当しか思いつかなかった。
それだけの話である。
「ほらよ」
テツヤは割り箸を渡して、お弁当のフタを開けるよう催促する。
「うわぁ……」
レイは子どもみたいに目をキラキラさせる。
「これ、本当にお弁当?」
「お弁当じゃなきゃ何なのさ」
レイが自分の携帯に視線を落としたので、
「カメラで撮りたきゃ撮りなよ」
と伝えた。
テツヤが用意してきたのはキャラ弁である。
老若男女に人気のクマのキャラクターを採用している。
「か……かわいい……」
レイがデレデレになってシャッターボタンを押す姿は、マナカによく似て愛嬌たっぷりだった。
「マナカに送って自慢しちゃおっと」
「レイさん、けっこう愉快なことを思いつくね」
「いいじゃない。昨日、私にあれだけ心配かけたバカ妹なのだから。罰ゲームよ」
「あはは……」
レイは弁当にお箸をつけようとして、しばらく迷う。
「うぅ……かわいすぎて食べられない」
「マジで? レイさんなら目玉か眉間のあたりから豪快に食べると思ったのにな」
「あんた、私のことを何だと思っているのよ」
「ごめん、ごめんって」
よかった。
レイと普通に会話できた。
キャラクター弁当に感謝だよな。
「こういうお弁当、得意なの?」
「まさか。今回が3回目くらい」
テツヤは弁当のフタをお皿代わりにして、耳につかっているカマボコとか、胴体のオムライスとか、レイのためにとってあげる。
「マナカさんの病状、どんな感じ?」
「そんなの、本人に直接訊きなさいよ。メッセージ交換しているのでしょう」
「教えてくれないんだよ。『マナカはバカなので、お昼まで寝たら完治しました』みたいな冗談が返ってきたんだよ」
「ふ〜ん……」
レイはモグモグしたあと、おいしい、と独り言みたいにいう。
「今日の放課後、お見舞いにくる?」
「えっ? いいの?」
「そっちの方がマナカも喜ぶでしょう」
レイは背景のブロッコリーをつまんで左右に振った。
「テツヤくん、昨日、マナカとデートして理解したでしょう。恋人として好きっていう感情は、テツヤくんがマナカに抱いているような感情のこと。俺がこの人を幸せにしてあげないと、みたいな感情のことでしょう」
「そうかな? いや、そうかもしれない」
だったら、レイを好きになった感情は何だというのだ。
「私はテツヤくんに支えてもらわないと生きていけないほど弱虫じゃない。テツヤくんだって、私の助けなんかなくても立派にやっていける」
「それはそうだが……」
「考えてみなさいよ。男女が仲良くなるって、最終的には家族になるってことでしょ。その必要があるから家族になるんでしょ。子どもが親を必要とするみたいに。そういう引力が作用するから、50年くらい添い遂げられるんじゃないの」
「たしかに……」
「だから、私とテツヤくんの間に横たわっているのは、愛情であっても恋愛感情じゃないのよ。だって、私、テツヤくんを独占したいとは思わないから」
薄っすらと笑うレイの表情は、マナカの笑顔と違って、テツヤの胸を痛くさせた。
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