第55話
「まだここにいたいです」
マナカはいった。
何かの聞き違いだろうか、とテツヤが思っていると、
「まだテツヤくんと一緒にいたいです」
さっきより強い声でリピートしてきた。
テツヤは
そんなことをしたら、マナカが体調不良になるのは避けられないだろうし、マナカの体質を知っている以上、責任の半分はテツヤが負うことになる。
早く休ませてあげないと。
レイの怒っている顔を想像して、この場でマナカの要求を呑むことが、いかに愚かしい行為なのか、テツヤははっきりと自覚した。
「ダメだ、マナカさん。遊びにいくチャンスは何回だってある。また天気の良い日にこよう。連れていくと約束するから」
今日のところは諦めてくれないか。
そういう気持ちを込めて、マナカのつぶらな瞳を見つめた。
「私の体調は気にしないでください。頭痛なんてちょっと我慢すれば……」
「マナカさんが良くても俺が良くない。だから、俺のためにも」
テツヤが言葉を続けようとしたとき、マナカの携帯が鳴った。
相手はレイだった。
マナカは出ない。
自ら退路を断つように『拒否』をタップする。
揺るぎない信念のようなものが伝わってきて、それだけテツヤが必要とされているのかと思うと、心の底の方が苦しくなった。
「テツヤくんはマナカと一緒にいたくないのですか?」
「そんなことはない」
「だったら……」
沈黙してしまう。
今度はテツヤの携帯にレイからのメッセージがきた。
『マナカが電話に出ないのだけれども……』
『テツヤくんの近くにいる? どんな様子なの?』
という内容だった。
これが最後のチャンス。
『問題ないよ、これから帰るよ』
そう打ち込んだら、波風立てずに終われる。
なのだが……。
マナカに手をつかまれる。
ぶんぶんと首を振っている。
「お姉ちゃんに返信してほしくないです」
テツヤは、はぁ、と
マナカに見えるようにメッセージを打ち込む。
『ごめん、レイさん』
選んでしまった。
レイよりマナカを優先してしまった。
本来ならば強引にでもマナカを連れて帰るシチュエーションなのに。
それが正当な行為と思わせるだけの根拠がいくつも転がっているのに。
テツヤはしなかった。
バカな選択をやった、という自覚はある。
けれども、マナカの想いを踏みにじって、このままデートを終わらせたら、もっとバカになってしまう気がした。
それがレイを裏切る行為だとしても。
「俺だってマナカさんと一緒にいたい。そのせいで明日、君は寝込むかもしれない。それでも、このままデートを続けたい」
「それって本音? マナカに合わせてない?」
「もちろん、俺は本気だよ」
赤面したマナカが急にモジモジする。
その手をテツヤは強く握った。
「一緒にお姉さんに謝ろう。こっぴどく叱られた時はさ」
2人は小雨の降りしきる街へと繰り出した。
テツヤが折り畳み傘を広げて、その中にマナカを入れてあげる。
「もっと寄って。じゃないと大切なマナカさんの体が濡れちゃう」
「……うん」
腰をピタッと密着させてくる。
感じたことのない近さに、テツヤの心臓は早鐘を打つ。
「テツヤくんの肩、濡れてる」
「俺はいいから。男だから」
「嫌だ。マナカも半分濡れる」
「君ってやつは……」
マナカの首元は色っぽく染まっており、テツヤがそうさせたのかと思うと、越えるべき一線を越えたんだな、という感慨深さのようなものがあった。
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