第51話

「マナカからSNSのフレンド申請が届いたそうじゃない」


 レイが気持ち悪いくらいのニコニコ顔で告げてきた。


「なんだよ。本人から聞いたのかよ」

「そりゃ、私たち姉妹ですもの」

「やけに嬉しそうだね」

「まあね〜」


 レイの全身からは幸せそうなオーラが出ており、テツヤをますます困惑させる。


 やっぱり……。

 テツヤとマナカの恋路を応援するつもりらしい。


 ここはお昼休みの部室である。

 今日もテーブルの上にはお弁当とサンドイッチが並んでおり、第三者から見れば仲睦なかむつまじいカップルに他ならない。


「マナカとどんなやり取りしたの?」

「いたって普通さ。また遊びにいきたいね、みたいな話」

「へぇ〜、仲が良さそうね。いいじゃない、遊びにいけば」

「3人で遊びにいく、という解釈でいいのかな?」

「いやいや、2人でしょう、そこは」

「……」


 まいったな。

 拒絶されている。


 かといってレイの機嫌が悪いわけじゃない。

 むしろ真逆、すこぶる調子が良さそうなのである。


 この状況を喜ぶべきか、悲しむべきか。

 いや、間違いなく悲しむべきなのだが、どうも調子が狂ってしまう。


「今日のレイさん、ずっとニヤニヤしているね。嬉しいことでもあったの?」

「テツヤくんとマナカ、順調だな、と思ってね」

「はぁ〜」


 頭のいいレイのことだ。

 テツヤの本音なんてとっくに見抜いているだろう。

 加えてこの拒絶モードである。


 こりゃ、打つ手がないな、と思ったテツヤは、どうしても質問しておきたいことをぶつけた。


「昨日、俺からメッセージを送ったよね。あえて既読スルーしていたよね」

「いやいや、ちゃんと返したわ」

「朝方にね」


 メッセージを送ったのが夕方。

 すぐに既読アイコンがついた。


 内容も『1日楽しかったね。ありがとう』みたいな感じだったし、正直、返信をそれほど期待したわけじゃなかったが、半日放置されると少し寂しい。


「私たち、友だちなんだから。すぐに返信しなくてもいいでしょう」

「そうだね。仮初かりそめの恋人だしね」


 はっきりいおう。

 レイが何を考えているのか、さっぱりわからない。

 それはつまり、レイが何を考えているのか知りたいという感情の裏返しでもある。


 会話のを失ったテツヤは、とりあえず弁当箱を開いた。

 ぷ〜んと立ち昇るカレーの匂いにレイが1秒で反応する。


「まぁ⁉︎」


 ひき肉たっぷりのキーマカレーだ。

 保温容器に入れてきたから、ほのかに熱が残っている。


「お弁当なのにキーマカレー! テツヤくん、あなた、天才ね!」

「どういたしまして。カレーが嫌いだったらどうしようと、朝から心配していたよ」

「カレーが嫌いな日本人なんて、それぞれの自治体に1人くらいしかいないでしょう」

「たしかに、会ったことはないね」


 さっそくレイに食べてもらう。

 ゆっくりと咀嚼そしゃくしたあと、レイの口から出てきたセリフは、


「テツヤくんのカレー、おしゃれな味ね」


 ほとんど最上級の感想だった。

 レイが見せる無邪気な笑顔に、テツヤの視線は釘付けになってしまう。


「マナカの体質、訊いた?」


 レイがスプーンの先端を向けてきた。


「天気が悪くなると、心身のコンディションも悪くなるってやつだろう」

「そうそう。難儀なんぎな体質よね。あの子、私なんかよりよっぽど外出するのが好きなのに」

「そっか。マナカさん、元々アウトドア派なのか」

「でも、最近はゲームばかり」


 レイは二口目もおいしそうに食べる。


「だから、どこへ連れていっても喜ぶと思うの。水族館でも、でっかい公園でも、小さな商店街でも。テツヤくんの好きな場所でいいわ」

「レイさんが連れていけばいいじゃないか」

「私じゃダメよ」


 テツヤは口へ運ぼうとしたカレーのスプーンを静止させた。


「私たち、瓜二つでしょう。一緒に外出すると、どうしても差の部分が目立っちゃうでしょう」


 なるほど。

 そういう考えもあるのか。


「わかったよ。前向きに検討しておくよ」

「ありがとう。頼りにしているわ」


 レイは小気味よく笑った。

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