第49話

 その夜。

 テツヤは自室のベッドで横になり、日中のことを思い出していた。


 けっきょく、レイやマナカとは普通に遊ぶ感じになった。

 久しぶりの動物園だから、童心に帰ったみたいで楽しかったし、女性陣も満足している様子だった。


『また3人で遊びにきたいね』

 マナカのセリフにレイは苦笑いしていた。


 弁当も喜んでもらえたし、テツヤとしては大成功だった。

 のだが……。


『私に向けようとしていた好意は、全部マナカに向けてあげてほしいな』か。

 レイの表情が頭にこびりついて離れないのは、テツヤ自身、迷っているからだと思う。


 ショックはある。

 自分のマヌケさに対して。

 というのも、レイが救急車を呼んでくれて、病院まで着いてきた、という話をマナカに打ち明けてしまった。


 マナカは何もいわなかった。

 誤りを訂正しなかった。


『お姉ちゃんを催促さいそくしたの、私なんですよ』


 そういってくれたら助かったのに。

 おどけたような調子で、いつもの明るいノリで。


 マナカは黙っていた。

 その理由は想像できる。


 余計なことをいっちゃうと、テツヤとレイの関係に水を差すと考えたのだろう。


 マナカらしいな、と思う。

 献身的というか、肝心なところで一歩引くというか、あの子はいつだって姉を立てる。


 小さいため息をついたとき、部屋をノックする音が聞こえた。

 母だった。


「テツヤ、お風呂に入りなさい」

「は〜い」


 それから10秒くらい動かないでいると、ドアが開いて母が入ってきた。


「どうしたのよ、浮かない顔をして。もしかして、女の子とケンカでもしたの?」

「俺が女の子とケンカするようなやつに見える?」

「見えない」


 母は勉強机の椅子に腰かける。


「うわっ! 低い! あんた、いつもこの高さで座っているの⁉︎」

「まあね。小学生のときから利用している椅子だしね」

「せめて椅子だけでも買い換えなさいよ。今度、ホームセンターへいってさ」

「いいって。不自由していないし。それに欲しくなったら自分のお金で買うから」


 椅子をクルクルさせて遊んでいる母を、テツヤはうんざりした目で眺める。


「織部さんの娘さんと何かあったの?」

「教えないよ」

「つまり、あったのね」


 テツヤは身を起こして、ベッドの端に腰かける。


「話してみなさいよ。お母さん、こう見えても相談に乗るの得意なのよ。というか、お金の相談に乗るのが仕事みたいなものだしね」

「本当かな〜」

「信じなさいよ。少なくとも、人間としてはテツヤよりずっとベテランなのだから」


 母のいうことに一理あるな。

 そう思ったテツヤは、これも貴重な機会だと思って、話すことにした。


「好きな女の子にフラれた」

「まぁ⁉︎」

「遠回しにだけどね」

「どんな風にフラれたの?」

「もう私のことは好きにならないで、みたいな」

「へぇ〜」


 母は意味ありげな微笑をつくる。


「いい子じゃない。テツヤにわざわざ心の内を伝えたのでしょう。つまり、人間として嫌われたわけじゃないのでしょう」

「そうかな。まあ、今度会ったら普通に話すという気はするね」

「その子って、もしかして織部さんのお姉さん?」

「そうそう」


 問題なのはここから。


「今日3人で遊びにいった。俺と織部シスターズね。織部さんと遊ぶときは、基本2人が出てくる」

「仲良し姉妹なのね。……あ、わかった! フラれた理由って、織部さんの妹さんが一枚噛んでいるのね!」

「一枚噛んでいるって……いやらしい言い方だな。妹さんはいい子だよ。とっても」

「そうなの? だったら、妹さんと付き合っちゃえば?」

「う〜ん……簡単にいってくれるね……」


 仮にここでマナカと付き合ったとしよう。


 レイにフラれた。

 だから、マナカを選んだ。

 そういう流れに見えないか?

 少なくともテツヤが第三者の立場ならそう思う。


「もう一度お姉さんに告白したら?」

「はぁ⁉︎ フラれたんだよ⁉︎」

「もしかしたら、テツヤを試したのかもしれない。再度告白してきたら、見込みがある男みたいな」

「うわぁ〜、面倒くさい女の子だな〜」


 事実、レイは面倒くさい女の子だけれども。


「で? テツヤはどっちが好きなの?」

「どっちって?」

「お姉さんと妹さん」

「う〜ん」


 わからん。

 本気で女の子を好きになるのって、今回が初めてだから、順位なんてつけられない。

 むしろ、迷うのが普通だろう。


「逆に訊くけど、お母さんはなんでお父さんと結婚したの?」

「そりゃ、好きだったからよ」

「他の男の人たちより? お父さんのことが一番好きだったの?」

「そうよ」

「それって、どんな感じなの?」

「どんな感じといわれても……」


 母はあごに指を当てて、


「そうね。ビビッときた、みたいな。たぶん、理屈じゃないのよ。ほらほら、書店で本を選ぶときも、直感みたいなやつに従うでしょう」


 少女みたいに笑った。

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