第48話

 今日はレイに会えてよかったな、とテツヤはあらためて思った。


「マナカのこと、テツヤくんは好きでしょう」

唐突とうとつだね。どうしたの、急に?」

「質問に答えなさいよ」

「やれやれ……」


 子どものはしゃぎ声が聞こえてくる。

 飼育員さんが肉食獣にエサを与えているらしい。


「そりゃ、マナカさんのことは好きだよ。いい子だと思う。あんなにいい子、うちの高校にいるのかな、てくらい素直な子」

「それって、友だちとして好きって意味? それとも、異性として好きって意味?」

「なかなかデリケートで難しい質問をしてくるね」


 マナカはまだ帰ってこない。

 仕方ない、のらりくらり時間を稼いでおくか。


「友だちとして好き。異性として好き。その2つは対極に思えるけれども、本当にそうかな?」

「どういうこと?」

「そもそも、好きになれる相手なんて、10人中1人くらいだろう」


 レイはうなずく。


「好きになった時点で、上位10%くらいの存在なんだ。それをさらに区別する必要性、俺はあまり感じないけどね」

「ふ〜ん。つまり、テツヤくんは質問から逃げたいってことね」

「まったく、レイさんには勝てないな」


 テツヤは降参するように手を挙げる。


「ああ、そうだよ。マナカさんには女性としての魅力がたくさん詰まっていると思う。男心をくすぐるっていうのかな。表裏のなさそうな部分とか、特にね」

「よかった」

「何がよかったの?」

「別に……」

「自分のことは隠すよね。ちょっと卑怯だな」

「いいのよ。私はマナカと違って表裏のある女だから」


 その態度は尊大そのものであり、レイにかなり似合っていた。


「まさか、俺たちの恋路を応援するとかいわないよね」

「そのまさかよ」


 即答。


「昨夜、考えてみたの。やっぱり、テツヤくんの恋人になるのは、私じゃなくてマナカであるべきだと思うの」

「その心は?」

「テツヤくん、料理で私を口説いたでしょう。つまり、私がれたのは、テツヤくんの料理であって、テツヤくん自身じゃない……かもしれない」

「その発想はなかったな。でも、料理って俺の一部だよね。そうやって切り分けて考えちゃうものかな?」

「私は分けて考えちゃうの」

「なら仕方ない」


 面倒くさい女だな、とは思う。

 でも、不思議と嫌いにならないから、テツヤはレイのことが好きなのだろう。


「マナカさんが戻ってきそうな気配がないから、1個だけ昔話をしてもいい?」

「なによ、もったいぶっちゃって」


 テツヤは例の話を聞かせた。


 雨上がりのとある路上。

 子猫を避けようとしてバイクで横転した。

 痛みでもだえていると、たまたま女性が通りかかった。


 彼女は救急車を呼んでくれた。

 テツヤにとっては大切な思い出。


「その彼女っていうのが私って話でしょう」

「なんだよ、覚えていたのか」

「ごめんなさい。昨夜に思い出したの。テツヤくんのこと、どこかで見たことがあると思って」

「いやいや、俺も黙っていてごめん。てっきり、レイさんは忘れてしまったものと思って」


 肩透かしを食らった気分のテツヤは、レイの表情をまじまじと観察してみた。

 機嫌はよさそうだな、ということ以外、何一つわからない。


「あの時、痛かった?」

「死ぬほど痛かった。足に鉄パイプが刺さったんじゃないかってくらい」

「そこに天使のごとく降臨したのが私というわけか」

「そうそう」

「だから好きになったの?」

「少なくとも興味を持った」

「なるほど」


 レイはテーブルに両肘りょうひじをついて、手で顔を支えるポーズをとる。


「ありがとう。教えてくれて。だったら、私からも打ち明けておくけれども、あの日、マナカと2人で道を歩いていたら、ものすごい物音がした。私は、どうせ近所のガキのいたずらだろうな、と思った。でも、マナカが私の服を引っ張ってきた。確かめにいこうよ、と」

「それって……」

「マナカの発言がなければ、私たちは会わなかった。救急車も呼ばなかったし、病院までついていくこともなかった。テツヤくんが本当に感謝すべき相手はマナカなの。あの子は血が苦手だから。あの後、家に帰らせたけれども」

「そう……だったのか」

「ごめんね。がっかりさせて」


 レイにしてはめずらしく、寂しそうな顔つきをする。


「だから、私に向けようとしていた好意は、全部マナカに向けてあげてほしいな」

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