第47話

 動物園にくるなり、開口一番、


「あんた、本当にバカね」


 レイは心底からうんざりしたような表情になった。

 持ってきたカバンの角でマナカのお尻をポコポコと殴っている。


「私が仮病? 嘘をついてる? バカじゃないの。微熱があったの、気づかなかったの? ば〜か、ば〜か、ば〜か」


 朝から安静にしていた。

 なのにマナカから電話がかかってきて、強引で、しつこくて、意味不明だったから、しぶしぶタクシーで移動してきた。

 そして現在にいたる、という感じである。


「だって、だって、だって……」

「だって?」

「ごめんなさい! 私がバカでした! 大バカでした〜!」


 反省しきりのマナカが泣き出しそうな顔になる。

 責任の一部が自分にもあると考えたテツヤは、


「そのへんで許してくれないか」


 レイのことをなだめておいた。


「そもそも、弁当を3人で食べたいね、という話になってだな……」

「ふ〜ん、マナカの肩を持つんだ?」

「ここでマナカさん1人の責任にしたら、家に帰ったあと、寝覚が悪くなるだろう」

「なるほど、ね」


 今日のレイは、どこか声に張りがない。

 体調がよくないのは事実らしい。


「それより、レイさん、大丈夫? 家まで送っていこうか?」

「大丈夫じゃないと出てこないわよ。昼になったら、かなり楽になったわ」

「そう……無理はしないように」

「どの口がいうのかしら」


 うぐ……。

 強引に引っ張り出したテツヤとしては黙るより他にない。


「とりあえず、私は飲み物を買ってきます! お姉ちゃんはなにを飲みたい?」

「そうね。温かいやつをお願いできるかしら。お茶か紅茶、なければコーヒーで」

「はい! しばしお待ちを!」


 ぴゅ〜ん! とマナカはつむじ風のように去っていく。

 残されたテツヤとレイは、その背中が見えなくなるまで黙っていた。


「せっかくきたんだから。食べさせなさいよ」

「ん?」

「テツヤくんのお弁当」

「ああ……」

「まだ残っているのでしょう?」

「もちろん」


 テーブルに弁当箱を広げて、レイにお箸を渡した。

 しかし、中々食べてくれない。


「どうしたの? やっぱり食欲がないの?」

「こっちは半分病人なのよ。テツヤくんが食べさせてよ」

「ッ……⁉︎」

「今日くらい女の子に介抱してくれてもいいんじゃないの?」

「いいけれども……」


 レイの方から甘えてくると、どうも調子が狂うな。


「どれを食べたい?」

「1番のおすすめがいいな」

「じゃあ、がんもどき」

「いきなり味が濃そうなやつからくるのね」

「残念……今回のがんもどきは薄味です」

「なにそれ」


 弱っているせいか、レイの笑顔がやけに優しい。


「ほら、口を開けて」


 カットしたがんもどきをレイの口まで運んであげた。

 思いっきり目が合うから、恥ずかしいを通り越して緊張する。


「おいしい」

「どういたしまして」

「それで? どうしてマナカの言い分を信じたのよ?」


 話が飛躍したので、テツヤは『?』の表情になる。


「私が仮病をつかっているなんて、マナカの妄想じゃない。いつもは冷静なテツヤくんが、なぜ信じたのかな?」

「それは……」


 言葉に詰まったテツヤの反応を楽しむように、レイは小さく笑った。


「つまり、毛ほども疑わなかったのね」

「そうだね。疑わなかった」

「マナカの言い分に説得力があったわけか」

「そういうこと」


 どこを彷徨さまよっているのか、マナカが帰ってきそうな気配はない。


「俺もレイさんに会いたかった、という理由じゃダメかな? 3人で一緒に弁当を食べたかった」

「ふ〜ん」


 レイは手のジェスチャーで、次はおにぎりが食べたい、と指示してくる。

 テツヤは先ほどと同じように口まで運んであげる。


「おいしい」


 あらためてレイの身なりを観察してみた。

 髪型から服装までばっちり整えている。


 気だるいだろうに。

 不謹慎ふきんしんだけれども、隙のないところがレイらしいな、と考えてしまう。


「次はウィンナーが食べたい」

「はいよ」


 そんなやり取りを数回重ねた。


「どうせマナカがいったのでしょう。私たち、双子姉妹だからお姉ちゃんの嘘を見破れます! とか」

「そうだね」

「いっとくけど、あの子、私の嘘を見抜くの下手だから」

「らしいね」


 テツヤの失敗を許すように、レイは淡いため息をついた。


「私が2人に遠慮している。マナカのことだから、そう考えたのでしょう。あの子、バカね。本当に。でも、マナカのバカなところ、私は好きよ」


 そういうレイの顔つきは、ひたすら優しくて、テツヤの心をポカポカさせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る