第46話

 マナカとのデートは順調だった。

 たくさん笑って、たくさん話して、本物の恋人になった気分。


「ほらほら、テツヤくん、動物のふれあいコーナーがありますよ」


 ヤギとのツーショットを無理やり撮られる。

 すぐさまレイに送信。


「きっとお姉ちゃんは喜びます」

「だといいけどね」


 既読アイコンはついたけれども、レイから返信はない。


「もうっ! せめて、楽しそうね、の一言くらい送ってくれたらいいのに!」


 怒ったマナカが悔しそうに地団駄じだんだを踏む。

 テツヤは口元をゆるめつつ、近くの看板を指さした。


「100円でエサやりできるけれども、やっちゃう?」

「やります!」


 ウサギのフンみたいなエサが小袋に詰まっている。

 マナカが手を差し出すと、ヤギたちが寄ってきて、エサののった手をペロペロした。


「動かないで。写真を撮ってあげるから」

「くすぐったい……早くしてください!」

「もう1枚撮るから」

「そんな⁉︎」


 ヨダレでギトギトになった手を見て、マナカは大笑いしている。


「見ましたか⁉︎ ものすごい勢いでめていましたよ!」

「見た見た。きっとマナカさんの手がおいしいんだよ」

「そうかな〜?」


 たくさんきんがついたであろう手は、しっかり消毒しておく。


「歩き回ったのでお腹が空きました」

「俺もだよ。お弁当にしよっか」


 ベンチとテーブルを見つけたので、横並びで腰かけた。

 テツヤはリュックから取り出した弁当箱を広げる。


「うわぁ! おいしそう!」


 歓喜したマナカの顔色はすぐに曇る。

 3人で食べる予定だったから、おかずとか、おにぎりとか、3個ずつ入っているのだ。


 これは気まずい。

 用意してきたテツヤですら気まずいから、マナカは倍くらい気まずいはず。


「うぅ……ごめんなさい……」

「いいよ、気にしないで。食べたいだけ食べてくれたらいいから」


 和食を中心につくっている。

 レイが気に入ると思ったからだ。

 肝心の本人はここにはおらず、それが居たたまれない空気をかもし出す。


「いただきます」


 マナカが最初にはしをつけたのは煮物。

 しいたけ、れんこん、こんにゃくの順に食べていく。


「おいしいです。マナカはバカなので、お姉ちゃんみたいに気の利いた感想はいえませんが……」

「いいよ。おいしいの一言で十分だよ」


 それからマナカはおにぎりをかじった。

 一見するとゴマと醤油しょうゆをまぶした握り飯だが、出汁だしでしっかり味付けしている。


 失敗した。

 レイの好きなものを中心に用意してしまった。

 マナカの好物を知らないから。


「うっ……」

「大丈夫? お茶を飲む?」

「いえ、平気です。テツヤくんのご飯を食べていると……なんというか……」


 ほろり、ほろり。

 マナカの瞳からしずくが落ちてくる。

 傷つけてしまったと焦ったテツヤは、かける言葉を失くしてしまう。


「違うんです。嬉しくて」

「嬉しい?」

「テツヤくんの料理を食べていると、なんとなくお母さんの味だな、て思います」


 生ぬるい風が吹いて、近くに立っているやなぎをさわさわと揺らした。


「ごめんなさい、急に……ダメだな、私は」

「いいよ。ゆっくりでいいから」


 この姉妹はあらゆる面が反対だ。

 似ているのは顔と背丈くらい。


 それなのに……。

 レイにも、マナカにも、同じくらい魅力があるんだな、と気づいてしまった。


「マナカさんのお母さんって、どんな人だったの?」

「あまり覚えていません」

「そうなんだ」

「でも、ときどき手料理をつくってくれました」

「そっか」


 お母さんの味、か。

 テツヤの料理をレイが気に入ったのも、案外、そこらへんに理由があるのかもしれない。


「ちょっと待っていてください!」

「マナカさん?」

「トイレ!」


 マナカはお手洗いの方にダッシュした。

 3分くらいで戻ってくる。


「お姉ちゃんに電話してきました! 仮病なんかつかってないで、動物園へくるよういいました! タクシー移動なので、そんなに時間はかからないと思います!」

「なっ⁉︎」


 マナカの積極さに度肝どぎもを抜かれたテツヤは、食べようとした山菜を落としそうになった。

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