第44話

 祝日ということもあり、動物園のゲート前は、たくさんの家族連れでにぎわっていた。


 計算外だったのは、高校生や大学生カップルの姿もチラホラ目についたこと。

 デート先として人気なんだと知り、嬉しいのやら恥ずかしいのやら、うわついた気持ちになる。


「思ったよりお客さんが多いですね」

「だね……」


 テツヤの手に柔らかいものが触れた。

 ツンツンしてきたのは、マナカの指先。


「手をつないでもいいですか?」


 思いがけない積極さに、断るという選択肢を打ち砕かれたテツヤは、


「もちろん」


 あっさりOKを言い渡してしまう。


 レイだって文句はないだろう。

 同じ質問をされたら、レイにもOKと答えるはず。


「テツヤくんの手、硬いですね。繊細な料理をつくる人の手とは思えません」

「どっちかというと、ピザ屋のドライバーの手だからね」


 マナカがやけに人懐っこい視線を向けてきたので、テツヤは思わず顔をそむけてしまう。


 意識してどうする。

 でも、マナカと親密になると、レイとの関係は……。


 クールな目つきがよみがえり、テツヤは髪の毛をくしゃくしゃした。


「では、チケットを買いましょう」


 券売機にコインを投入する。

『学生2枚』のボタンを押そうとしたら、マナカの手とバッティングしてしまい、爪と爪のぶつかる音がした。


「ごめん! 引っかいた? 痛くなかった?」

「いえ……平気です」


 マナカが手を引っ込める。

 心なしか、その頬が赤い。


「こういうボタンを押すとき、いつも私が押すのですよ。お姉ちゃんはゆずってくれて」

「ああ……だったら、今日はマナカさんが押しなよ」

「いいのですか?」

「もちろん。というか、お願いします」


 ポチッと。

 吐き出されたチケットを手に取ったマナカは嬉しそう。


「ここの動物園のチケット、たくさん種類があるのです。飼育されている動物の写真がプリントされていて、当たり外れがあるのです」

「ペンギンは?」

「人気者なので大当たりです」

「アライグマは?」

「尻尾がかわいいので大当たりです」


 マナカにいわせると全部大当たりなのだろうな、と考えたテツヤは、好きな方を選ばせてあげた。


「じゃあ、テツヤくんはペンギンで」

「どうして?」

「なんとなく、魚が似合うので」

「あはは……」


 苦笑いしつつチケットを受け取る。

 この無邪気さには中毒性があり、好きの気持ちがどんどん膨らんでいく。


 いったん動物園に入ると、マナカのテンションは青天井で、小学生みたいにはしゃいでいた。


「見てください、お猿さんがいますよ! 尻尾が長いからキツネザルですかね!」


 とか


「カンガルーですね! 絶賛お昼寝中です!」


 とか、動物を観察するより、マナカを観察する方が楽しいくらい。

 知らないうちにデートの主導権は握られていた。


「マナカさんって好きな動物はいるの?」

「はい!」


 プレーリードッグやミーアキャットのような小型動物がお気に入りらしい。

 ちょこちょこ動く姿が見ていて飽きないのだとか。


「テツヤくんは?」

「そうだな」


 ナマケモノと答えておく。


「寝てばっかりだから?」

「そうそう。悩みとかなさそうだよね。人間の勝手な想像だけれども」

「ふ〜ん……悩みか〜」


 マナカが上目遣いに見つめてくる。


「テツヤくんでも悩むことってあるんだ?」

「もちろん。平凡な高校2年生と同じくらいには」

「たとえば?」

「たとえば……」


 マナカの目は好奇心に満ちており、はぐらかせるムードではなさそう。


「俺はとある女の子に告白した。成り行きで付き合っている。でも、なぜ告白したのか、どういう背景があったのか、本人に伝えられていない」

「伝えたらいいじゃないですか?」

「そう単純な話じゃない」

「どうして?」


 テツヤはごくりとつばを飲んだ。

 火傷やけどしたみたいに心の底がヒリヒリする。

 思えばあの日も痛かった。


「俺とレイさん、1回会っている。俺の記憶が正しければ、マナカさんもその場にいたよね」

「そうですね」

「でも、肝心の本人は忘れているっぽい」


 この日、2回目の苦笑いをしたテツヤは、遠くの太陽に向かって手をかざした。




《作者コメント:2021/06/30》

明日の更新はお休みします。

次回は7月2日を予定しています。

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