第43話

 マナカと一緒に駅のホームへやってきた。


 殺風景なはずなのに、景色が色づいて見えるのは、デートというシチュエーションの恩恵だろうか。

 電車を待つ1分1分が意味を帯びている気さえする。


「楽しみですね、テツヤくん」

「コンディションも完ぺきだ。こんな日に体調を崩すなんて、レイさんはさちが薄い体質なのかな」

「お姉ちゃんのことなら心配いりません。私がたくさん写真を撮って帰って、見せてあげますから」


 マナカが小さく笑ったとき、電車がホームに入ってきた。

 横並びの空席があったので一緒に腰かける。


 レイには申し訳ない、という気持ちは正直ある。


 別に動物園は逃げないから、スケジュールし直して、3人で出かけるべきではないか、と。

 レイの性格からして『気を遣われるくらいなら死ぬ』とか言い出しそうだけれども。


 次の駅に着いたとき、小さい子どもを連れたお母さんが乗ってきた。


 席をゆずらないと!

 そう思ってテツヤとマナカが立ち上がったのは、ほとんど同時。

 どちらからともなく笑いがこぼれる。


「テツヤくんはボランティア精神にあふれていますね」

「マナカさんほどじゃないけどね」


 テツヤが吊り革につかまっていると、マナカは羨望せんぼうの眼差しを注いできた。


「いいな〜、背が高くて」

「ああ……マナカさんの身長なら、ちょっと疲れる高さだよね」

「腕を借りちゃってもいいですか?」

「別にかまわない」


 電車が揺れるたびに、マナカとの距離が近くなったり遠くなったり、時には髪の毛が当たってきたり、テツヤの心にさざ波が立つ。


「快適〜」

「楽しんでくれて何より」


 乗客が乗り降りするとき、チラチラと視線を感じた。

 そうか、マナカの存在が目立つのか。


「どうしました、テツヤくん?」

「俺の自意識過剰じゃなければ、なんで野獣みたいな男が美女と一緒にいるんだ、という言外の圧力を感じるけどね」

「なにそれ。おもしろい」


 マナカはピンク色の唇をにいっと吊り上げる。


「大丈夫ですよ。テツヤくんはいい男です」

「どうしてそう思うの?」

「お姉ちゃんと仲良くできる男は、この世でテツヤくんただ1人だけです」


 純粋に嬉しいな。

 そう思ったテツヤは、素直に受け止めることにした。


「今日はお姉ちゃんが不在で寂しいですか?」

「どうかな。毒舌が飛んでこないから、謎の安心感があるけれども……」

「けれども?」

「憎まれ口がないならないで、物足りないというか、刺激が足りないというか」

「なるほど」


 マナカといると心がポカポカする。

 野菜を育てるビニールハウスの中みたいに。


「マナカさんの前だと、レイさんは立派にお姉さんをしているんだね」

「はい、頼りない妹と思われているみたいで……」


 テツヤは首を横に振る。


「学校にいるときのレイさんは素っ気ないから。意外っていうか、レイさんとマナカさんのあいだには、言葉で言い表せないようなきずながあるんだろうね」

「絆……ですか?」

「ちょっとうらやましいな。そう思っただけ」


 電車がブレーキを踏んだとき、マナカの匂いが強くなった。

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