第42話

 そして翌朝。

 弁当をつくって身支度を整えたテツヤは、レイたちを迎えにいくため、時間に余裕をもって家を出た。


 まず織部家の最寄り駅まで原付で向かう。

 レンタル駐輪スペースがあるので、そこに原付を止めて、5分くらい歩く。


 ピンポ〜ン!

 呼び鈴を押してから、やべっ⁉︎ もしかしたらレイたちの父がいるのでは⁉︎ と気づいたが、時すでに遅し。


 庭からひょっこり顔をのぞかせた男性と目が合う。


 レイの父だ。

 ラフなジャージ姿をしている。

 向こうが、どちら様ですか? と問いたそうな顔をしていたので、


「織部レイさんと同じ高校に通っています。結城と申します」


 失礼のないよう自分から挨拶あいさつしておいた。

 するとレイの父はポンと手を鳴らす。


「結城? もしかして結城さんの息子さん……お母さんは銀行に勤めているかね?」


 母というキーワードが出てきて焦ったけれども、そうです、と手短に返しておいた。


「うちの母をご存知なのですか? どこで知り合ったのでしょうか?」

「私はこれでも会社を経営していてね。オリベ工務店といって、ときどき地元の映画館でCMを流してもらっている」

「知っています」


 CMで流れる音楽をテツヤが歌うと、レイの父はほがらかに笑った。

 一度耳にすると、なぜか忘れにくいメロディーラインなのである。


「いいね、君。採用だ」

「はっ?」

「明日からうちの会社で働きなさい」


 いきなり冗談をいうなんて、全然レイと似てないな、と思ったテツヤは、


「うちの母に相談してみます」


 と真面目くさった回答をしておいた。


 何がおもしろいのか、レイの父は爆笑する。

 社長というとは、風変わりな生き物らしい。


「君のお母さん、明るくて元気で、とにかく物知りでね。いつも助けてもらっているよ」

「あの母が、ですか?」

「そうそう。うちには娘が2人いるのだが、俺はこんな性格だから、どう接したらいいのかわからなくてね。レイなんか、ろくに口を利いてくれない。アドバイスをくれるのが、君のお母さんというわけだ」


 レイの父は何か思い出したらしく、人差し指を向けてきた。


「そっか。レイたちがこの前に映画館へいったの、君が連れ出したのか?」

「そうですね。3人で相談して、映画がいいという話になりました」


 マナカが発案者だけれども、話が面倒臭くなるので伏せておく。


「あの子たち、滅多に外へ遊びにいかなくてね。連れ出してくれてありがとう」

「そうなのですか? 姉のレイさんはともかく、妹のマナカさんは毎週遊びにいっていそうですが……」


 レイの父はキョトン顔になった。

 ああ、そうか、とかろうじて聞こえる声でいう。


「レイとマナカに用があるのだろう。私が声をかけてくる。少し待っていてくれ」

「すみません。よろしくお願いします」


 レイの父が玄関に消えたあと、テツヤはふぅ〜と長いため息をついた。


 なんだよ。

 テツヤの母とレイの父は仕事上の付き合いかよ。

 心配して損した。


 ほどなくして、淡いブルーのワンピースをまとったマナカが出てくる。

 どうしてレイじゃないと判別できたかというと、ワンピースが愛くるしい花柄なのと、愛犬みたいにダッシュしてきたから。


「すみません、テツヤくん。お待たせしました」

「どうしたの、慌てちゃって」

「それが……」


 マナカいわく、レイは風邪をこじらせちゃって、今日は安静にさせた方がよさそう、とのこと。


 このくらい平気と本人は言い張ったが、テツヤに風邪を伝染うつすといけないので、寝ておくよう厳命してきたらしい。


「誠に申し訳ないのですが……」


 デート中止の文字がテツヤの頭をよぎる。


「今日は私1人でもいいですか?」

「俺とマナカさんの一対一ということ?」

「そうです!」


 レイとは学校で何回でも会えるしな。

 今日くらいマナカと2人きりでもバチは当たらないだろう。


「マナカさんの方こそいいの? あとで姉妹ゲンカになったりしない?」

「平気です。せっかくの祝日なのに風邪を引いちゃう人が悪いんです」

「じゃあ、2人でいこっか。レイさんとは別の機会ということで」


 マナカはわざわざ門の外まで出てくると、


「はい、お姉ちゃんのぶんまで楽しみましょう」


 そういってテツヤの手を握った。


「じゃあ、荷物を取ってきますので。3分くらいで戻ってきます」

「うん」


 門扉もんぴにもたれたまま、レイって案外病弱だったりするのかな、とつまらない想像をした。

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