第41話

 小鳥が1羽、窓辺にやってきてチュッチュと鳴いた。

 かわいい来訪客にレイが目をうっとりさせる。


「レイさんって動物が好きなの?」

「どうしてそう思うのよ?」

「ほら、人間嫌いの人って、よく自然や動物を愛しているだろう」

「あのね……」


 レイは嫌そうな顔をしたが、嫌味はいわなかった。


「テツヤくんって、おしゃべりね。見かけによらず」

「おしゃべりなのはレイさんの前だけ」

「この減らず口……」


 レイがクスリと笑う。

 気を許してくれたのだとしたら嬉しい。


「ありがとう」

「別に感謝される筋合いはないのだが……」

「そうじゃなくて……。テツヤくんが私の恋人になったでしょう。周りからちょっかいを出される回数が減ったから」

「ああ……見えないところで恩恵があったと?」

「そういうこと」


 テツヤはひとつ瞬きをすると、レイの目をじいっと直視した。

 恋人になったことで、レイに迷惑をかけたと心配していたから、感謝されるのは素直に嬉しい。


「不思議なものね。他人って、他人の所有物には興味ないのね」


 女性の口から語られる『所有物』という言葉には、ちょっぴり官能的な響きがある。


「レイさんって、いちおう俺の所有物なの?」

「そうよ。テツヤくんも、いちおう私の所有物だから」

「そうなるのか。別にいいけれども。それって制約とかあるの?」

「もちろんよ」


 レイは口元をほころばせたまま、指先をこっちに向けてくる。


「テツヤくんの手料理、他の女には食べさせないでよね。家族とマナカは例外だけれども。私限定でいてほしいな」


 言外に褒められたので、テツヤはぷっと笑う。


 限定か。

 テツヤも注文をつけておこう。


「だったら、俺からもお願いがある。あまり他の男の前では笑ってほしくない」

「なにそれ。テツヤくん以外に私を笑わせられる男子がいたら、お目にかかりたいくらいよ」


 傲慢ごうまん極まりない口ぶりだったが、やはり嫌味な感じはしなかった。


 チャイムが鳴る。

 昼休み終了の5分前だ。

 まだ食べ終わっていないテツヤとレイは、いけない! といって残りを胃袋に詰め込む。


「楽しさは有毒ね。時間を忘れるなんて」

「毒と薬って表裏一体だろう?」

「まったく……」


 バイバイと手を振る。

 デートの別れ際みたいに。


 テツヤは教室に戻ってきた。


 5限目は英語。

 単語の小テストがあって、20点満点中19点を取った。


 6限目は体育。

 バスケットの試合があって、自コートから適当に放り投げたボールがリングに入るという、ミラクルプレーで場を沸かせた。


 なんか調子がいい。

 レイと付き合うようになってからラッキーが増えた。

 単なる偶然かもしれないが。


 体育館からの帰り道、クラスメイトに肩をちょんちょんされる。


「おい、結城はもう織部さんとキスしたのかよ?」

「キスしたように見えるか? この俺が?」

「いいや、見えない」

「だったら、想像の通りだ」


 ちぇ、つまんね〜な、という言葉は無視しておいた。


 キスか。

 正直いうと想像できない。

 テツヤからお願いしたら怒られそうだし、レイからキスしようと切り出してくるシチュエーションもありえない。


 たぶん、時間がかかる。

 それまで2人の関係が続くかどうか。


 ところが、親密になるチャンスは意外なところからやってきた。

 風呂上がり、レイからメッセージが送られてきたのである。


『明日、祝日じゃない?』

『3人で動物園でもいってみたい……』

『とマナカが申しております』


 なんでラストが敬語なんだよ、と思いつつテツヤは返信を打ち込む。


『別にかまわないが……』


『本当に?』

『テツヤくんのバイトは?』


『明日は休み』

『だから1日フリー』


 動物園か。

 ということは屋外だよな。

 天気がよければ、ゆっくり弁当でも楽しめそう。


『お昼ご飯、俺が用意してもいい?』


『いいの?』

『なら、任せたから』

『期待しておく』


 携帯を置いたテツヤは、さっそく弁当のメニューを考えることにした。

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