第40話

 たくさん質問してみた結果、母はいつも通りの母だということが判明した。


 織部さんのお父さんとどういう関係なの?

 それをけなかったのは、母をそういう目で見ていると知られたくないから。


 矛盾している。

 行動と気持ちが。

 モヤモヤしたまま翌日を迎えて、昼休みになり、レイと合流した。


 今日はお弁当におでんを持ってきた。

 冷めてもおいしいよう、白だしをつかって味付けは濃いめにしてある。


「へぇ〜、季節外れのおでんか〜」


 レイはたっぷりと疑いを含んだ目を向けてきたけれども、大根を一口かじると顔つきが変わって、卵とかコンニャクとか一通り食べてくれた。


「結城くん、天才ね。学校のお弁当に冷たいおでんを持ってくるなんて。変態を通り越して天才だわ」

「それ、ド変態といってる?」

「天才と変態は紙一重よ」


 まあ、いいや。

 料理を褒められたら悪い気はしない。

 胃袋が幸せになったところで本題へシフトする。


「うちのお母さん、普通だったよ。怖いくらい普通だった。織部さん家は?」

「うちの父も普通よ。いろいろ話してみたけれども」

「というか、レイさんはお父さんと話すの?」

「うっ……」


 なるほど。

 父と直接話したのはマナカの方らしい。


「どうして父と仲が悪いんだよ。家族を養うために日々汗を流しているのだろう」

「仲が悪いわけじゃないけれども……あの人と私、いまいち波長が合わないのよ」

「マナカさんが潤滑油じゅんかつゆみたいになっているわけね」


 昨夜はノートをプレゼントされたらしい。

 レイとマナカで色違い。


 今回に限らず、父が娘にプレゼントするときは、必ずセットで買ってくるらしい。


「いい父親じゃねえか」

「別に……私は文房具なんてほしくないけれども……マナカ1人にだけ買い与えるとカドが立つと思っているのよ、あの人は」

「いやいや、それは親として普通だから」


 レイは本当に面倒くさい性格をしている。

 と思ったが、怒られるので黙っておく。


「もしかして、レイさんの性格って、お母さん譲りなの?」

「ッ……⁉︎」

「ほら、子どもの性格って父か母のどちらか一方に似るパターンが多いだろう。レイさんとマナカさんが真逆だから、もしやと思って」

「テツヤくん、あなた、けっこう嫌な性格しているわね」


 やっぱり、図星か。

 父との関係がズキズキしているのも納得。


「そうよ。私の性格、たぶん母に似たわ。マイペース。血が通っていない。自己中心的。猜疑心さいぎしんが強い。マナカとは真逆。歳を取るにつれて、だんだん母に似るのかと思うと、ものすごい自己嫌悪」

「でも、性格というのは道具みたいなものだろう。どう活かすかは自分次第じゃないか」

「それ、本気でいってる?」

「もちろん」


 テツヤの愚直くちょくさに嫌気がさしたのか、こいつには何をいってもムダだと諦めたのか、レイはやれやれと首を振る。


「こんな話、誰かにするのは初めてだけれども……」


 レイは昔話を聞かせてくれた。


 母が家を出ていくとき。

 マナカはボロボロ泣いていた。

 でも、レイは何が悲しいのか理解できなかった。


 母は家族のことを愛していない。

 人としても親としても大切なものが欠けている。


 子ども心にそう思い、家族が減るのを肯定していた。


「だから、私、マナカに訊いたの。お母さんが出ていくことが悲しいのか、お母さんから愛されていないことが悲しいのか」

「当時のマナカさん、なんて?」

「涙を倍加させただけ」

「だろうね」


 それからほどなくして七夕祭りがあった。

 マナカは短冊に『お母さんがほしい』と書いたらしい。


 果たしてあの願いは『新しいお母さんがほしい』という意味なのか、『お母さんに戻ってきてほしい』という意味なのか、10年くらい経過した現在でも、消えない染みのようにレイの心にこびりついている。


「マナカの短冊を見つけたとき、イラッとしてね。笹から引きちぎったの。すぐに結び直したけれども……。あの子、超がつくくらい能天気でお人好しで単純だから。言い方は悪いけれども、ちょっとバカじゃないかと思うことはある。血がつながっているという理由だけで、自分たちを捨てていった母のことを愛せるかしら」


 レイは父に問いただした。

 なぜ母と結婚して、自分たちを生んだのか。


『レイも大人になったら理解できる』というのが父からの回答だった。


「あと3年くらいしたら大人になるけれども、理解できそうな気配はないわね。私もマナカも。たぶん、自分たちが親になる日まで理解できない」

「こういう出来事を思い出すときって、どんな気分?」

「さすがの私も胸がチクチク痛むわよ」


 テツヤはこれまでの話をまとめた。


「つまり、お姉ちゃんがいるからお母さんは要らない、とマナカさんが返してくれたら、あの日のレイさんは満足していたのかな?」


 レイは虚をつかれたようにハッと顔を上げた。


「テツヤくん、あなたって本当に嫌な性格しているわね。普段から何を食べれば、そういう発想が出てくるのかしら」


 レイはあごの下で指を組んで、夏空のように晴れ晴れした笑みを向けてきた。

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