第39話
テツヤが家に戻ってくると、ほどなくして母も帰宅してきた。
両手にでっかいスーパーの袋を提げている。
久しぶりにお鍋にしましょう、と。
「俺が下ごしらえするよ。お母さんは休んでいて」
「そう。悪いねえ、いつも」
母は上機嫌そうにいう。
鼻歌なんかを鳴らしちゃって、日中に楽しいことがあったのがバレバレ。
やっぱり、レイの父なのか?
再婚を視野に入れているのか?
ストレートに質問しにくいと思ったテツヤは、シンクで野菜を洗いながら、
「嬉しいことでもあったの? 今日はやけに元気だね」
さりげな〜く問いただすことにした。
「そうなのよ。お母さん、ツイていて」
「なんなの? 勿体ぶらずに教えてよ」
「宝くじ、当たったのよ」
拍子抜けのあまり、テツヤはネギを落とした。
「はっ? 宝くじ?」
ギャンブル嫌いな母の性格からして、自分では絶対に買わないのだが……。
「付き合いで1枚もらってね。生まれて初めて当選しちゃった」
「へぇ〜。それは快挙だね。何円当たったの」
「1,000円」
地元の自治体が発行している、1枚100円で売っているやつだった。
1等の当選金も1,000万円と全国区の宝くじより低めに設定されている。
母はのんきな性格だから、
「日頃のおこないの成果かしらね〜」
1,000円でも大満足といった様子。
「もしかして、今日ショッピングモールへいった?」
「そうよ。いったわよ」
即答。
隠すつもりはないらしい。
「もしかして、偶然誰かに会ったりした?」
「誰かに? さあ、会った記憶はないけれども……」
嘘をついているようには見えない。
むむむ……ますます理解に苦しむ。
「人に会ったわけじゃないけれども……」
「どうしたの?」
「おいしそうなプリンに巡り会ったのよ! 2個買ってきたから、食後に食べましょう!」
「……ああ」
またしても拍子抜けしたテツヤは、テキトーに愛想笑いしておいた。
普通すぎる。
もしかしたら、母とレイの父は元から知り合いで、偶然ショッピングモールで
とうとう奥の手。
母にカマをかけることに決めた。
「サイコン!」
「はぁ? サイコン?」
「いや、お母さんなら知っているかな、と思って」
「なにそれ? 野菜の名前?」
動揺は見られない。
やはりテツヤの思い過ごしだったか。
「サイコンというのは、サイクロンコンピューターの略で、自転車に取り付けるだけで走行距離とか消費カロリーとか測れるらしいよ。しかも、簡単にスマホと連動させられるんだってさ」
「へぇ、そんなに便利な機械があるのね」
「いい運動がないかな〜、みたいなこと、話していたよね」
「そうそう、健康診断の数字が悪化したのよ。お医者さんから注意されちゃって」
野菜が煮えるまでのあいだ、トイレの中からレイにメッセージを送った。
『こちら結城家。母に異常なし』
すぐにレイから返信がくる。
『こちら織部家。父に異常なし』
テツヤは携帯を握ったまま、う〜ん、とうなった。
どうなっている?
必死に隠しているのか。
あるいは、本当にやましいところがないのか。
テツヤはつむじの部分に触れた。
昔に母からナデナデしてもらった記憶がよみがえってくる。
別にいい。
再婚したいなら再婚すればいい。
ただ、テツヤが高校を卒業するまで待つとか、遠慮してほしくないだけ。
だって、母の人生じゃないか。
母が幸せなら、天国の父も文句はないはず。
なのだが……。
「お父さん、聞いてくださいよ。テツヤって、野菜を切ったり
父の遺影に向かってにこやかに話しかける母を見ていると、再婚なんかとは無縁の存在に思えてくる。
けっきょく、何も判明しないまま1日が終わった。
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