第37話

 ケーキを食べて、お腹を満たしたあと。

 ぶらぶら散歩しながら3人で買い物することにした。


「レイさんとマナカさんって、よくショッピングモールにくるの?」

「どうでしょうか? 私はちょくちょく遊びにきますが……」


 マナカがレイの肩をポンと叩く。


「お姉ちゃん、人混みとか好きじゃないもんね」

「そうね。人間の顔なんて、平日の学校で見飽きているわ。わざわざ休日に、なぜ拝まないといけないのかしら」

「聞きましたか、テツヤくん。これがうちのお姉ちゃんなのです。根本的に他人のことが嫌いなのです。そこに理由なんてありません」


 人間なのに人間が嫌いってどうなんだろうな、とテツヤは哲学的なことを考えた。


 マナカは寄りたいお店があるらしい。

 案内されたのは、かわいいキャラクターグッズをそろえている文房具屋。


「こういうお店って、誰かとわいわい会話しながら買い物するのが楽しいですよね」

「そうだね。1人だと味気ないね」


 自分への当て付けと受け取ったのか、レイはふんと鼻を鳴らす。


「文房具といっても、家に十分あるじゃない。いまさら何が必要というの?」

「文房具といったらハピネスですよ。新しい文房具を手に入れることによって、心が幸せになり、勉強のモチベーションが上がるのです。100円のシャープペンシルで十分、消しゴムも消せたら何でもいい、と思っているお姉ちゃんには理解できないでしょうね」

「こいつ……」


 レイのこめかみに青筋が浮いたので、まあまあとなだめておく。


「おっ、なつかしいです」


 マナカが手にしたのは、野菜の形をした消しゴム。


「あんた、昔からこういう消しゴムを集めるのが好きよね」

「はい、野菜シリーズは今でも引き出しの中にあります」

「でも、こういう商品って、消し味が悪くない?」

「ダメですよ! もったいない!」


 それからマナカはハッとする。


「もしかして、私のコレクション、取ったの?」

「うん、トマトとトウモロコシ。6個ずつあったから、1個ずつもらった」

「あぅ……」


 ショックを受けたマナカが商品を落とす。


「あれは野菜畑を再現するために、数をそろえていたのに〜」


 レイは謝罪するどころか、ぷっと笑った。


「聞いた、テツヤくん。この子、いい歳して、ママゴトを卒業していないのよ」


 反応に困るテツヤの横で、マナカが手をぶんぶんさせる。


「いいじゃないですか⁉︎ 野菜畑をつくっても⁉︎」

「いやいや、家の庭にリアル野菜畑があるでしょうが」

「あれはあれ! これはこれです! 消しゴムでつくる野菜ガーデンには、ある種のロマンが宿っているのです!」

「はいはい」


 折れたレイはいくつか商品を手にとった。


「私が消費した分は、私が補充しておけばいいんでしょう」

「いいもん! 自分で買うもん!」


 さっとマナカが奪いとる。


「この消しゴムはね、消すための消しゴムじゃないんだよ! 観賞用の消しゴムなの! 記念コインがお買い物するためのコインじゃないのと一緒だよ! もう、最低! お姉ちゃんのそういうところ、本当に……」


 お父さんにそっくり!

 という部分はぐっと飲み込む。


 ところが、レイはまったく話を聞いておらず、


「この犬の消しゴム、つかいにくそうな形ね。頭から消すのかしら。お尻から消すのかしら。脚なんて折れちゃいそうだし……」


 マナカの感情を逆撫さかなでしている。


「もしかして、レイさんってサイコパス人間?」

「ちょ……どうして私がサイコパスなのよ⁉︎」

「他人の話を聞くの、苦手そうだし」

「ッ……⁉︎」


 ぐうの音も出ないレイを見て、今度はマナカがニヤニヤする。


「ごめんなさいを口にするのが苦手、も追加しておいてください。サイコ指数が高い人間の特徴らしいですよ」


 グサッ!

 第二の矢がレイの胸に突き刺さった。


「この筆箱、かわいいな〜」


 反撃したことに満足したマナカは、キャラクター物のスタンドペンケースを手にとった。

 他にもアニマル型のホチキスとか、猫シルエットの付箋ふせんとか、どれを買おうか迷っている。


「ほらほら、お姉ちゃん、このスタンプかわいいよ。便箋びんせんとセットで買ったら、いい感じのお手紙がつくれるよ」

「お手紙って……マナカは出す相手がいないでしょう」

「何いってるの。お姉ちゃんに出すんだよ」


 ズキュン!

 今度は愛の矢がレイに突き刺さった。


「姉に向かって人たらし発言しないでよ」

「ん? 何かいった?」

「何も……」


 レイは意味もなく鼻をいじって照れまくり。

 微笑ましい姉妹愛といえる。


 ふとテツヤの視界を気になる人物がよぎった。


 中年の男女である。

 何やら相談しつつ、文房具を選んでいる。


「ええ、そうです。娘はかわいいアイテムが好きでして……」


 と男がいう。


「これなんか、どうです?」


 女が陽気に勧める。

 その声にテツヤは聞き覚えがあった。


 母さん⁉︎


 間違うはずがない。

 生まれてから約17年、最も近くにいる人なのだから。


 どうしてここに⁉︎

 というより、横にいる男性は誰なんだ⁉︎

 やけに親密そうだし、それなりに長い付き合いというのは理解できる。


「どうしたのです、テツヤくん」


 マナカから質問されたので、テツヤは声のボリュームを落として答えた。


「いや、あそこにうちの母親がいてさ。何となく、いまは会いたくないっていうか……」


 するとレイの口から衝撃の一言が飛び出す。


「あれ、うちの父親だわ」

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