第34話

 3人で映画を楽しんだあと。


「感動したらお腹減っちゃいましたね〜。糖分がほしいですね〜」


 マナカがお腹をスリスリしながらいう。


「甘いものですよ! 甘いもの! 甘い話を観たあとは、甘いデザートに限ります!」

「俺は別にかまわないが……」


 テツヤはマナカの肩をツンツンする。


「ねえ、レイさんって、甘いお菓子とか大丈夫なの? なんとなく、マナカさんは甘い系統が好きそうだけれども」

「安心してください。大丈夫ですから。お姉ちゃんはああ見えて、ハチミツを塗りたぐったドーナツとか、ぺろりと食べちゃいますから」

「ふ〜ん、なら平気か」


 レイを見た。

 まだ目のところが赤い。

 よっぽど胸に刺さったらしく、油断すると泣きそうになっている。


 意外な一面を見ちゃったような気がして、なぜか申し訳ない気持ちになる。


「レイさん、ケーキでも食べる?」


 テツヤが訊くと、うんうんと2回うなずいた。

 妙にしおらしくて、映画を観る前とは別人みたい。


 喫茶店へやってきた。

 ちょっと大人っぽい雰囲気の店で、さまざまな種類のケーキを置いてある。


 4人掛けテーブルへ案内してもらった。

 メニューが2冊あったので、レイとマナカに渡しておく。


「テツヤくんは、どれにしますか?」


 マナカが紙芝居みたいに見せてくる。


「急にテツヤくん呼びになったね」

「だって、レイさんマナカさん呼びじゃないですか。私たちも下の名前で呼ばないと、仲間外れみたいじゃないですか。せっかくラブロマンス映画を楽しんだ直後ですし」

「その発想はなかったな」


 マナカはレイの方へ視線をスライドさせて、


「お姉ちゃんもそう思いませんか?」


 プレッシャーを与えるためか、わざと敬語で尋ねた。

 マナカがつかう丁寧語、テツヤ的には高ポイントだったりする。


「急にどうしたの?」

「お姉ちゃんもテツヤくんと呼べばいいのに」

「イヤよ、馴れ馴れしい。それじゃ、まるで恋人みたい」

「あれ? 2人は恋人じゃないの?」

「うっ……」


 レイが言葉に詰まる。

 ちょうどウェイターさんが水を運んできたので、慌てて口をつけた。


「マナカが余計なことしたから。気づいたら私たちは恋人になっていたの。そうよね、結城くん?」

「そうだね。でも、俺が告白したのは本気だったけどね」

「うっ……こんな場所で……恥ずかしい……」


 レイは子どもみたいなふくれっ面に。


「ほらほら、お姉ちゃんもテツヤくんと呼んであげなよ。今日限定でさ。じゃないと、失礼だよ」

「マナカの理屈って、ホント無茶苦茶ね」

「そうかな〜」


 マナカはテーブルに頬杖をつく。


「お姉ちゃんだって、本当は映画みたいな恋愛したいくせに。練習だと思って、テツヤくんと呼べばいいんだよ」


 するとレイはこっちを見てきた。


「結城くんはいいの? 私が下の名前で呼んじゃっても?」

「もちろん、いいよ。むしろウェルカムさ」

「へぇ〜……へぇ〜……そうなんだ」


 レイはこほんと咳払いする。

 迷いを吹き飛ばすみたいに。


「テツヤくん……」

「どうしたの、レイさん?」

「どのケーキにしようかしら。こっちとこっちなら、どっちがおいしいと思う?」

「俺は右かな」

「でも、バターキャラメル味のケーキよ。私なんかが食べたら、変じゃないかしら?」

「全然。むしろ甘いもので大喜びするレイさんを見てみたい」

「それじゃ、頼んじゃおっかな」


 挙動不審になって、言葉がカクカクしているレイもおもしろかった。

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