第35話

 1個だけいておきたいことがあった。

『マナカさんってどこの高校に通っているの?』

 それだけの質問。


 深い意味があるわけじゃない。

 初対面の高校生がいたら、真っ先に出てくる質問が、どこの高校なの? だろう。

 いわば挨拶あいさつみたいな問いかけ。


 ケーキが出てくるまでのあいだ、手持ち無沙汰だったので、テツヤは自然に切り出した。


「マナカさんはさ、どこの高校に在籍して……」

「いやあ、今日のショッピングモール、人が多いですね」


 マナカは露骨ろこつにはぐらかしてきた。


「そうだね。にぎやかだよね。話は変わるけれども、マナカさんが通っている高校って……」

「あ〜、なんか肩が凝っちゃったな〜。久しぶりに映画を観たせいかな〜」


 今度は肩をぐるぐる回して聞こえないふり。


 もしかして、高校について触れられたくないのか?

 いくらテツヤが鈍感とはいえ、おおよその心境は伝わってきた。


 どうして?

 お姉ちゃんと一緒の高校を受験してマナカだけ落ちたとか?

 あるいは、何らかの事情があって高校に在籍していないとか?


 パンドラの箱じゃないけれども、あまり深掘りしない方がよさそう。


「ほらほら、ケーキが出てきましたよ。せっかくなので、一口ずつ交換しましょうよ」


 気のせいじゃなければ、マナカの声は上擦うわずっている。


 テーブルの下で足をツンツンされた。

 そっちの方向に座っているのはレイ。


「テツヤくんのケーキ、私にも一口食べさせてよ」


 なるほど。

 マナカの高校については質問するな、という暗黙のメッセージらしい。

 そういう禁則事項があるのなら、前もって教えてくれよな、とテツヤは内心で抗議しておく。


「ちょっと、お姉ちゃん! チョコがついたフォークで私のケーキに触れないでよ!」

「いちいちうるさいわね。胃袋に入ったら全部一緒でしょう」

「ひどい言い草だなぁ〜」


 ちなみにテツヤが選んだのはティラミスで、マナカが選んだのはイチゴのショートケーキ。

 当たり前だが、どれも個性があって、どれもおいしい。


「聞きましたか、テツヤくん! うちのお姉ちゃん、ガサツだと思いませんか⁉︎」

「考え方がいちいち合理的ではあるよね。やや人間味に欠けるっていうか」


 どっちの味方もしづらいテツヤは、軽く笑って誤魔化しておいた。


「レイさん、動かないで」


 テーブルに備えつけられているおしぼりを開封した。

 レイの鼻の頭についているクリームをぬぐってあげる。


「あっはっは! お姉ちゃん、お鼻の頭にクリームつけてやんの!」

「やだ……恥ずかしい……」

「意外にドジなところあるよね」

「むかっ……マナカにはいわれたくない」


 視線をぶつけた姉妹のあいだでピリピリと火花が散る。

 このまま口論になるかと思いきや……。


「あはは! 本当に怒った!」

「別に怒っていないわよ。怒ったふりよ」

「ふ〜ん、でも、テツヤくんに幼稚なところ見せちゃったね」

「別にいいでしょう。事故よ、事故。話しながら食べるから、手元が狂っちゃったの」


 レイもマナカも楽しそう。

 見守るテツヤが釣られて笑っちゃうくらいには。


「でも、いいな〜。お姉ちゃんとテツヤくん、高校で毎日会えるんだよね。部室で密会しているんでしょ」

「密会⁉︎」


 動揺したレイがむせている。


「いやらしい響きだけれども、密会という表現は悪くないね」

「悪ノリしない!」


 テツヤがふざけると、レイに叱られた。


「また風邪を引かないかな、お姉ちゃん。そうしたら、マナカが代わりに登校するのに」

「ちょっと待てよ、マナカさん。お姉ちゃんは特進クラスに在籍しているんだぞ。授業中に指名されたら、どうやって乗り切るんだよ」

「ん? 普通に答えますよ」


 マナカはしれっという。


「ああ、教科書を昨日の続きから読んでくれとか、その手の指名ですか? その時は素直に、続きってどこからですっけ? と教員に尋ねます」

「へぇ〜」


 向こう見ずというか、かなり大胆な性格なんだな。

 見た目は優等生で、素行がよさそうなイメージなのに。


「冗談も休み休みいいなさい。もう風邪は引かないし、マナカが登校することもありません」

「え〜、つまんないなぁ〜」


 マナカはフォークの先っぽをくわえて、ツーンと唇を尖らせた。

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