第30話

 マナカがお手洗いから戻ってきた。

 入れ替わるようにして、レイがすっ飛んでいく。


「ごめんなさい! ちょっとお手洗い! すぐに戻ってくるから!」


 そのように言い残して。

 今度はテツヤとマナカが2人きりになる。


「あれ? お姉ちゃん、顔が赤かったような……」

「気のせいだよ。レイさんはいつものレイさんだよ」

「むむむ……何か隠してますよね?」


 マナカがジト目を向けてきた。

 それから口の端をニヤッと持ち上げてくる。


「結城くん、お姉ちゃんに何かいいましたよね?」


 テツヤは言葉を探すように視線をさまよわせた。


「どうしてそう思うの?」

「お姉ちゃんが慌てるなんて、よっぽどですよ。さては、褒め殺したのでは?」

「俺がそんなに器用な男に見えるかな」

「見えなくもないです」

「まいったな」


 やりにくい。

 レイとマナカは同じ顔。

 なんとなく、嘘をついているような気分になる。


「レイさんから頼まれたんだよ。マナカさんとも仲良くしてやってくれ、と。3人でゲームやったの、よっぽど楽しかったみたいだね。もちろん、俺も楽しかったし、この関係が続けばいいと思っているよ」

「なるほど、なるほど、なるほど」


 マナカは後ろ手を組んで、ぐいっと顔を近づけてくる。


「それで? 結城くんは、私とお姉ちゃん、どっちが好きなのかな?」

「おいおいおい……いきなり難しい質問をぶつけてくるね」

「お姉ちゃんも似たような質問をしたのではないでしょうか?」

「なるほど。マナカさんは鋭いことをいうね。たしかに、その手の質問をされたよ」


 やべぇ……。

 答えにくい。

 究極の二択というか、どっちを選んでも死ぬやつ。


 レイの不器用なところが好き。

 姉にはそう伝えた。


 でも、マナカよりレイの方が好きとは答えていない。


 決められるわけないだろう。

 レイのことは詳しく知らないし、マナカに至っては24時間くらい前に会ったばかり。


 たしかにマナカは優しい。

 レイのような暴言や毒舌はゼロ。


 なぜ迷うのだ。

 テツヤ自身、そう思ってしまう。

 マナカには欠点らしい欠点がないじゃないか。

 でも、欠点がないことを、好きと読み換えられるのか。


「現時点でマナカさんにいえることは1個だけ。俺は2人のことを知りたい。それと同時に2人にも俺のことを知ってほしい。だって、マナカさん、俺という人間を詳しく知らないだろう?」

「おっしゃる通りです!」

「だから、決めるのは時期尚早じゃないかな。レイさんとマナカさん、どっちが好きなの? そういう質問はナンセンスだと思う。少なくとも、現時点ではね」

「そうですね。結城くんらしい答えですね」


 安心した。

 マナカが理解のある子で助かった。

 そう思って気を緩めたとき……。


「あれ? 結城じゃねえか?」


 背後からクラスメイトの声がした。

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