第28話

 レイとのデートに漕ぎつけた。

 テツヤにとって大きい進歩だった。


 やっぱり、デートは男から誘うべき。

 そういう風潮が根強く残っていることは知っているし、テツヤだって可能なら、自分からレイを誘いたかった。


 というのも……。


『はぁ? 私をデートに誘うとか、めてんの』

『調子にのらないでくれる、仮カレシの分際ぶんざいで』


 レイならほぼ100%そう返してくる。

 少年マンガでいうところの全自動反射オートカウンターみたいなやつ。

 男から好意を向けられたら、絶対に裏があると決めつけ、毒舌で応戦しちゃうのだろう。


 ある意味、正しい。

 レイはモデルさんみたいな外見をしている。

 あんな性格だから、チャラチャラした男からウザ絡みされるとか、罰ゲームで告白されるとか、数え切れないくらい経験してきたのだろう。


 男=信じられない生き物。

 ダークな感情が根づくのも無理はない。


 テツヤが伝えたいことは1つ。

 俺はレイを不快にされる人間じゃないよ、という一言。

 もちろん、本人がいくら主張しても説得力ゼロだから、マナカのような支援者の存在はありがたかった。


 そしてデート当時。

 テツヤは朝から出かける準備をしていた。


 ヘアワックスをつけるの、慣れていない。

 バイト先にいる大学生の先輩が教えてくれた内容はというと……。


『俺がつかっているワックス、やるよ』

『付け方? そんなのテキトーでいいんだよ』

『ワックスを付けているという事実が大切なんだ』

『ただし、付けすぎには気をつけろ。違和感あるから』

『へぇ〜、結城くん、ワックスつけるんだ!』

『女が内心でそう思ったら勝ちなんだ』

『話は変わるけれど……』

『付けまつ毛する女って苦手だな』

『そう思っていた時期が俺にもあるのだが……』

『いざ、カノジョが付けまつ毛するとかわいく思える』

『だって、かわいいカノジョでいたくて、努力してんだろう』

『おしゃれって感情の一種だよな』

『あ〜、カノジョに会いて〜』

『でも、バイト辞めたらデート代がねぇ……』


 なるほど、と思った。

 テツヤのような高校生にとって、リアルな知恵を授けてくれる大学生は、そこらへんのサラリーマンより頼れる大人なのである。


「あら、お出かけ? めずらしい」


 母親が起きてきて、歯ブラシをくわえた。


「ちょっと遊びにいってくる」

「へぇ〜。もしかして、女の子」

「そうそう。学校の関係者ね」

「うそ……何人でいくの?」

「向こうがドタキャンしなければ、俺を含めた3人の予定。でも、気難しい子だから、その点だけは心配」

「やるじゃん。レイちゃんでしょう。さすが私の息子。それって男1女2なの?」

「うん、向こうは妹もくるから」


 母親は歯を磨き終えると、自分の財布を持ってきた。


「ほら、お小遣いあげるから。気前のいいところ見せておきなさい。お猿さんの時代からね、気前のいいオスはモテるって決まっているの」

「お猿さんの時代って……いいよ、別に。俺は自分のバイト代があるから」

「鈍いわね、テツヤ。お金を渡すことでしか息子をフォローできない、母親の悲しさってやつが存在するのよ」

「はいはい、大袈裟おおげさだよな、お母さんは」


 3,000円もらった。

 なんとなく、この3,000円は双子姉妹のために役立てないといけない、という義務感に駆られてしまう。


「料理を何品かつくって、電子レンジと冷蔵庫に入れているから。お母さんはテキトーに食べちゃってよ」

「え〜、テツヤがいないから、ピザの出前でも取ろうと思ったのに」

「ピザ屋で働いている俺にいわせるとね、お母さんくらいの年齢になると、消化に負担がかかるような、ピザ&ポテトの組み合わせは、絶対に避けるべきだと思うよ」

「へいへい」


 母親は仕事で忙しい。

 疲れていると、内臓の働きが弱りがち。

 そういう時に限って、唐揚げとか天ぷらのようなハイカロリーなやつを食べたくなるのが人間のさがなのだが、絶対に食べさせないようテツヤがコントロールしている。


「それじゃ、いってくる」

「今度、うちにレイちゃんを連れてきなさいよ」

「それは難題だね。猫に芸を仕込むくらいの難しさだよ」


 テツヤは原付の鍵を手に取ると、リングに指を通して、おもちゃみたいにクルクル回した。

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