第21話

「私たち、これから食事なんですよ。結城くんも一緒に食べていきませんか?」


 マナカが両手を合わせながらいったとき、思わず小首をかしげてしまった。


 昼メシ?

 テツヤが答えないでいると、笑顔で追い討ちされる。


「どうですか、お昼ご飯?」

「いいの? お邪魔でなければ」

「ぜひぜひ。お米とか、たくさん炊いたので。あ、でも、ご家族と一緒に食べる予定でしたか?」

「いいや、親は外で食べてくる。俺はノープランだったから、渡りに船ってやつかな」

「やった!」


 母親は得意先に顔を出している。

 仕事じゃなくて、ボウリング大会。

 いわば、銀行の付き合い。


 若くないのに大変だな、とは思う。

 あと、今どき会社でボウリング大会とかあるんだ、と。


「こっちです」


 広々としたリビングに入れてもらった。


「おおっ……すげぇ」


 リビングテーブルが大きい。

 机の真ん中に花を飾っているから、ドラマの撮影セットみたい。


「このお花、レイさんが買ってきたの?」

「いいえ、マナカが庭で育てているの。今朝、んできたのよ」


 そういうレイの顔は誇らしそう。


 へぇ〜。

 庭でお花を育てるって、少女マンガのキャラクターだよな。


「きれいだね」


 テツヤがめると、えへへ、とマナカは笑った。


「席に座って待っていてください。お茶碗ちゃわんとかおはしを持ってきますから」


 姉妹が食事の準備をしていく。


「お姉ちゃん、しゃもじを取って」

「どうぞ」


 息もぴったり。


「結城くんは、冷たいお茶と温かいお茶、どっちがいい?」

「冷たいお茶かな」


 レイがグラスを運んできてくれた。


「ありがとう」


 それから白米、お味噌汁みそしる、キュウリの浅漬けが出てきた。

 そこにテツヤ作の玉子焼きを並べれば完成。


 素朴そぼくながらもおいしそう。

 ヘルシー志向なところが織部姉妹らしい。


「おおっ! これが噂の玉子焼きですか⁉︎」


 マナカが目を輝かせて、手をブンブンさせる。


「どうぞ。食べちゃってよ」

「いただきます!」


 ぱくっ!

 じっくりじっくり味わっている。

 ようやく飲み込んだあと、おいし〜、といって淡いため息をついた。


「ねえねえ! お姉ちゃん、おいしいよ! やっぱり、お姉ちゃんが褒めるだけあって、伊達だてじゃないね!」

「こら、マナカ、大声出すなんて、はしたないわよ」

「えぇ〜、だって、おいしいもん」


 マナカがもう一切れ食べる。


「くぅぅぅ〜〜〜!」


 高級肉でも食べるようにうっとり。

 ここまで楽しそうに玉子焼きを食べる人、この世にいるんだな。


「結城くん! あなたは天才です!」

「いやいや、それは褒めすぎ」

「玉子焼きマスターと呼ばせてください!」

「マスターって……」

「どうやったら、こんなに上手に焼けるのですか⁉︎ 秘密のテクニックでもあるのですか⁉︎ 私でも練習すれば焼けますか?」

「もちろん。卵は人を選ばない」

「おおっ⁉︎」


 マナカがレイのそでをぐいぐい引っ張る。


「お姉ちゃん、聞いた、聞いた⁉︎ 卵は人を選ばない、だってさ⁉︎」

「聞いたわよ。それがどうしたの?」

「名言じゃない⁉︎ 名言だよね⁉︎」

「うっ……」

「お姉ちゃんもそう思うよね⁉︎ ユニークだと思うよね⁉︎」


 レイはやれやれと首を振ってから、ジト目を向けてくる。


「たしかに、結城くんの言葉って、やけに私の琴線きんせんに触れてくる時があるわね」

「ほらね!」


 不満そうにいうレイの隣で、マナカが足をバタバタさせた。


「卵は人を選ばない! 私の日記に書かなきゃ!」

「ちょっと、マナカさん……」


 そこまで褒められると恥ずかしいな。

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