第18話

 保温バッグに玉子焼きの入ったタッパーを詰めた。

 ヘルメットのストラップを締めて、原付にまたがる。


 免許は16歳になってすぐ取得した。

 近くのピザ屋に、配達ドライバー募集の張り紙が、1年中出ていたから。


 この仕事なら16歳のテツヤでも雇ってもらえるのでは?

 給料面も、コンビニやバーガー屋より上だったし、1回2時間からOKなのも魅力だった。


 結果は即採用。

 テツヤは体が大きい方だから、高校生でもこいつなら根性がありそう、と思ってくれたらしい。

 テツヤが母子家庭なのも大きかった。


 携帯のナビアプリを起動する。

 マナカから教えてもらった住所を入力。


 10分ちょっとの距離だ。

 過去に何回かピザを持っていったエリアだから、土地勘はある。


 いったん、大きな県道に出た。

 二段階右折をして、交通量の少ない道路に入っていく。


 押しボタン式の赤信号に引っかかる。

 でも、歩行者の姿はない。


 あるあるだよな。

 指先でハンドルをトントンしたとき、レイやマナカに会いたがっている自分に気づいて驚いた。


 俺たちの関係ってなんだろう? とは思う。

 仮恋人? ニセの恋人? 恋人ごっこ?


 テツヤが告白したの、厳密にはマナカなんだよな。

 というか、マナカちゃん、双子だからレイと同じくらい美人だし、性格もパーフェクトだし、下手したらこの街で一番の高嶺たかねの花じゃないだろうか。


 レイは……そうだな。

 難あり物件みたいな。

 カタログ上は理想的だけれども、いざ現地へいってみると、左右がパチンコ屋と居酒屋だった、とか。


 わからん。


 あの双子なら、マナカの方が100%、彼女にしたいランキングは上のはず。

 なぜレイが気になるのだろうか。


 テツヤの原付は住宅街に入ったいった。


 このあたりは新築一戸建てが目立つ。

 市内じゃまあまあお高い人気エリア。


 到着した。


 はじめて目にする織部家の印象は、うわ〜、でっけぇ〜。

 建物が3階まであって、駐車スペースも車3台分あって、ソーラーパネルとか、防犯カメラとか、サンルームとか、テラスがついている。


 芸能人の家。

 そういわれても信じる。


 念のためナビをチェックして、表札もチェックしてから、呼び鈴のボタンを押した。


 しばらく待つ。

 は〜い、と返事がくる。


「結城です。玉子焼きを持ってきました」

「はい、すぐに向かいます」


 この声、マナカだな。

 レイの声よりも優しい。

 親近感と安心感がある。


 しばらく待っていると、ドアが開いて、ベージュ色のワンピースを着た女性が出てきた。


 きれいな黒髪がひらひらと揺れる。

 そんな姿すら、この双子姉妹は品がある。


「ありがとう、本当に持ってきてくれたんだ」

「当たり前だよ。約束だからね」


 保温バッグごと手渡した。


「とっても嬉しい」

「どういたしまして」

「…………」

「……?」


 バッグを抱いたまま、立ち去ろうとしない。

 困ってしまったテツヤは、え〜と、と空に浮かんでいる雲を見つめた。


「お姉さんの様子はどう? まだ怒っているよね。まあ、無理もない。でも、この玉子焼きで少しでも機嫌を直してくれたら嬉しい」

「え〜と……そのことなのだけれども」

「どうしたの、マナカさん?」

「結城くんに、どうしても伝えたいことがあって」

「はぁ……」

「ちょっと待って。言葉を用意してきたのだけれども、忘れちゃって。30秒以内には思い出すから」

「えぇ……」


 マナカの様子が変だ。


 いや、違う。

 マナカじゃなくて……。


「もしかして、レイさん?」

「ッ……⁉︎」

「いや……学校とは雰囲気が違ったから……私服なんて見たことなかったし……」


 頬っぺたが赤に染まっていく。

 やっぱり、レイらしい。


「ごめんなさい。ベージュ色なんて、マナカのイメージよね」

「そうじゃなくて……俺の方こそ失礼しました」


 呼んじゃった。

 レイさんと気安く呼びかけちゃった。


「あの……レイさん?」

「やめてよ、気安くレイさんとか。恥ずかしいでしょうが。私のことをめているのかしら」

「でも、妹さんはマナカさん呼びだから、お姉さんだけ織部さんと呼ぶのは変だろう?」

「だから、下の名前で呼ぶな〜」


 反抗的な言葉とは裏腹に、レイの照れはどんどん広がっていき、首筋までピンク色におおわれていた。

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