第17話

 そして翌朝。

 結城家のキッチンには、卵を割っていく、小気味いい音が響いていた。


 卵を溶きほぐす。

 出汁だし、塩、砂糖、水を加えて軽く混ぜる。


 ここでザルの出番。

 本当はこし器がいいのだけれども、キメを細かくするのが目的だから、メッシュが詰まっているザルでも大丈夫。


 3回こして滑らかになったら、いざ焼いていく。


「めずらしいわね、テツヤが友だちのために料理するなんて。もしかして、はじめて?」


 母親が起きてきて、冷蔵庫の中をゴソゴソしながら、あら、飲むヨーグルトの賞味期限、切れちゃった、とボヤいている。


「頼まれたからさ。シンプルな卵料理だし、断るのもアレかなと思ってね」

「でも、よかったわ。仲良しの友だちがいて」

「う〜ん……友だちかぁ……」


 卵の形が崩れないよう、クルクルひっくり返していく。


「ご飯を一緒に食べているのでしょう」

「いちおうは……」

「どうせなら、女の子だったらよかったのに」

「何いってんの。女の子だよ。織部さんっていうんだ。クラスは違うけれども」

「えっ⁉︎ そうなの⁉︎」


 母親は牛乳を吹きそうになり、ケホケホとむせている。


「ちょっと、驚かさないでよ」

「いや、驚かしてはいない。間違いを訂正して、真実を告げただけ」

「なによ、なによ、なによ。お母さんに内緒でガールフレンドをつくっちゃうなんて、テツヤも隅に置けないわね」

「やめてよ、自分の息子にそんな言い方。それにね……何というかね……織部さんは」


 取っ付きにくい女子?

 それだと、なんでテツヤと仲良しなの? と質問されそう。


「そうそう、友だちがいない者同士なんだよ、俺たち。ボッチとボッチ。いわゆるボッチ同盟。2人合わせれば、ボッチから脱出できるだろう」

「あっはっは! なにそれ⁉︎ そんな理由で女の子と仲良くしているの?」

「孤独のメリットについて語り合える同志ってやつかな」

「変なの。あんた、ムダに大人ね」

「やめてよ」


 髪の毛をクシャクシャされたので、抵抗しておいた。


「織部さんだっけ? 下の名前は?」

「レイという」

「へぇ〜。覚えやすくていいわ。織部レイ。透明感のある名前ね。すごい美人さんの予感」

「そうだね……織部さんは美人だね」

「えっ、本当?」

「学園一の美少女というのが、もっぱらの評判かな」


 性格のキツさも学園一というのは伏せておく。


「やるじゃん、テツヤ。美女のハートを自慢の料理でキャッチしたのでしょう。デキる男なところも、亡くなったお父さんに似ているわ」

「俺と織部さん、性格の不一致が大きいんだ。いや、かなり大きい。いつも怒られてばかりだよ」

「それでも、玉子焼きをデリバリーするのでしょ。気に入られている証拠じゃない」

「え〜と……これは……」


 マナカの存在を口走りそうになり、思いとどまった。


 マナカは性格がいい。

 テツヤの母親が好きそうなタイプ。

 織部姉妹とうまい距離をキープして、あわよくば、どちらか一方をお嫁さんにもらいなさいよ、とか母親なら平気でいいそう。


「とにかく、薄氷はくひょうなんだ。いつ俺の織部さんの関係は崩壊しちゃっても不思議はない」

「へぇ〜。まあ、男女関係は経験値が大事だしね。レイちゃんにフラれちゃったら、それも貴重な経験ね」

「他人事だと思って、そういうことを……」

「だって、私はテツヤじゃないもん」


 完成した玉子焼きを何切れか奪われた。


「うん、おいしい」

「はい、これ。お母さんの」

「私も食べちゃっていいの?」

「当然。お母さんの給料で買ってきた卵なのだから」

「ほう……テツヤは本当に親孝行ね」

「そうかな?」

「お母さんが高校生だったとき、親の給料のことなんて、1回も意識しなかったわ」

「ふ〜ん……じゃあ、俺の中身はお父さんに似たのかもしれない」

「こらこら」


 おはしの太い方で背中をぐりぐりされた。


「お箸で遊ぶなって。子どもじゃないんだから」

「むぅ〜。な〜ま〜い〜き〜」

「あのね……」


 バカみたいな会話ができるから、やっぱり、テツヤの中身は父親に似たのかもしれない。

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