第15話

 夜中。

 たっぷりのお湯に肩までつかり、1日の疲れを落としながら、日中のシーンを振り返っていた。


 悪くない1日だったな、とテツヤは思う。


 レイの笑顔を見られた。

 玉子焼きが決め手となった。


 ドンピシャ。

 作戦が的中するのは、対戦ゲームだろうが、学力テストだろうが、言葉ではいい尽くせない楽しさがある。


「ふふっ……」


 びっくりしたレイの表情を思い出して、ついニヤけてしまう。


 氷帝でもはとが豆鉄砲を食らったような顔をするなんて。

 次はどんなサプライズを用意してみようか。


 その後のクラスメイトのリアクションも、テツヤを充実した気持ちにさせる一因だった。


『よく織部さんと2人きりで話せるよな!』

『俺ならぶっ殺されると思う、毒舌で死ぬわ!』

虎穴こけつだよ、虎穴! お前は虎穴にダイブしたよ!』


 ヒーローになった気分だった。

 お宝を見つけて、生きて帰ってきた、冒険譚ぼうけんたんのヒーロー。


 氷帝、氷帝といって、みんなレイのことを鬼か悪魔のように考えているけれども……。

 その正体は、煮っころがしが大好きで、玉子焼き一切れで興奮してしまう、16歳の幼気いたいけな少女だということを、学園内でテツヤだけが知っている。


 まあ、いい。

 教えても誰も信じない。


 当人には申し訳ないけれども……。

 レイは血も涙もない雪の女王で、そんなラスボスに対抗できる青年ヒーロー結城テツヤを、しばらく演じさせてもらおう。


 風呂から上がったとき、携帯にメッセージが届いているのに気づいた。

 母親かと思いきや、送り主はレイだった。


 マジか⁉︎

 こんな夜遅くに⁉︎


 ちょっと嫌な予感がする。


 あまり想像したくないが……。


『お腹が痛いわ!』

『あなたの玉子焼きを食べたせいよ⁉︎』

『体調が悪くなった責任を取りなさいよ⁉︎』

慰謝料いしゃりょうを請求するわ!』


 とか?


 うわっ。

 レイならいいそう。

 勘弁かんべんしてくれよと思いつつSNSを開くと、まったく別のことが書かれていた。


『ヒマかしら?』

『いま何してるの?』

『相談があるのだけれども』


 よかった。

 クレームじゃないなら安心。


『バイトから帰ってきて』

『お風呂から上がったところ』

『それで、俺に相談って何かな?』


 ポチッと送信する。


『へぇ』

『結城くんってバイトしているんだ?』


『教えなかったっけ?』

『近所のピザ屋で働いている』


『ああ……』

『聞いたような、聞かなかったような』

『ピザを焼いているの?』


『いいや、バイクで配る人だよ』

『1回に2時間とか3時間のシフト』

『コアタイムだけ入れてもらっている』


『高校生なのにバイトって偉いわね』


『別に……』

『お金のためだからね』

『俺にいわせると、お金とは無関係にモチベーションを維持できる、みんなの部活動の方が偉いよ』


『結城くんって貧乏なの?』


 イラッ!

 悪気はないのだろうが、いちいち失礼だな、この子。


『裕福ではないが……』

『貧乏な家庭でもないと思うよ』

『織部さんだって、昼食はサンドイッチ1個だけれども、貧乏な家庭ではないだろう』


『まあね』

『昼食は私のポリシーね』


『それと一緒』

『バイトしたくてバイトしている』


『ふ〜ん』

『でも、偉いわ』

『私が偉いっていうから、偉いわよ』


『じゃあ、偉いってことにしておくよ』


 絶対にゆずらないよな、この子。


『それで?』

『俺に相談ってなんなの?』


『私の記憶が正しければ……』

『料理スキルは、お金を稼ぐためじゃない』

『そんなことを昼間に話していた?』


『そうだね』

『よく覚えているね』

『織部さんの記憶力には脱帽だよ』


『はぁ⁉︎』

めてんの⁉︎』

『噛むわよ!』


『ごめん、ごめん……』

『それで俺の料理がどうした?』


 ……。

 …………。

 60秒待っても返信がこない。


『あれ?』

『織部さん?』


『ごめんなさい』

『ベッドにスマホを投げつけたら』

『再起動が走っちゃったみたい』

『ホント、脆弱ぜいじゃくすぎるわ』

『何万円もしたのに』


 沸点が低い⁉︎

 まあ、氷帝だしな。


『だから、本当にごめんって!』


『いいわよ』

『それで本題』

『結城くんの玉子焼き』

『オーダーしたら、料理してくれる』


『えぇ……』

『どうしたの、急に?』


『私たち、恋人なのよね?』

『表向きは……』


『まあね』

『いちおう恋人』


『だったら、要求の1個や2個くらい』

こころよく引き受けてくれるわよね?』


『そうだね』

『玉子焼きで破局したくないしね』


『もちろん、料金は払うわ』

『あと我が家の住所を伝えるから』

『指定した日時に届けてほしいの』

『結城くん自慢の原付で』

『いいよね?』


『へぇ』

『そんなに玉子焼きが気に入ったんだ』

『じゃあ、気合いを入れて焼かないとね』


『なっ⁉︎』


『違うの?』

『織部さんが食べたいんだよね?』


『違うわよ!』

『食べたいのはマナカ!』

『だから、2人前持ってきて!』


『いいけれども……』

『なんでマナカさんが玉子焼きのこと』

『知っているのかな?』


『うっ⁉︎』


『もしかして、自慢した?』

『結城くんの玉子焼き、おいしかったって?』

『それでマナカさんも食べたいって?』


『あなたって人は……』


 図星らしい。

 この直後にレイから送られてきたメッセージとは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る