第14話

 今日のレイの食事。

 やっぱりサンドイッチだった。

 2枚のレタスとペラペラのハムだけ入った、スーパーの格安サンドイッチ。


 おばあちゃんかよ。

 普通の女子高生だったら、BLTサンドとか、フルーツサンドとか、色鮮やかなやつを好むだろうに。


「ほらよ」


 テツヤが保温ランチジャーを開けると、ほんのり湯気が立ち上った。


「これ、織部さんのばし

「あれ? 昨日のお弁当箱と違うの?」

「そうだよ。こっちは保温機能がついたやつ。魔法瓶のメーカーが出している。まあまあ重いのと、少し洗いにくいのが欠点かな」

「へぇ〜、はじめて見た」


 じゃ〜ん。

 テツヤが用意してきたのは玉子焼き。


 織部さん、卵は好き?

 卵アレルギーとかない?


 念のため質問しようと思ったが、レイの反応を見る限り、その必要はなさそうだ。


 目がキラキラしている、小学生みたいに。

 それからテツヤの視線に気づいて、しまった! といいたそうな顔をした。


「ふ〜ん、卵は好物なんだ」

「別に……日本人なら、だいたい卵は好きでしょう」

「明らかに凝視していたように見えたけれども……」

「それは……きれいに卵を焼くな、と思って」

「なるほど」


 おっしゃる通り。

 女の子に見せる玉子焼きだから、本気の集中力で焼いてきた。


「これ、一切れ食べていいの?」

「一切れといわず何切れでも」


 レイはごくりとのどを鳴らしたが、まだ迷っている。


「なにか下心があるの? あとで返せっていわれても返さないわよ」

「いわないよ。それに下心なんてないよ」


 恐る恐るといった様子で卵を口まで運ぶレイ。

 その目がくわっと開かれた。


「なにこれ⁉︎ おいしい!」

出汁だしを効かせている。醤油しょうゆとかつけなくても、十分においしい」

「こんなに平凡そうな見た目なのに……なんだか、だまちを食らった気分」

「それ、めているの?」

「もちろんよ」


 もう1個食べていい?

 レイが視線で問うてきたので、テツヤは首を縦に振っておいた。


「出汁って、市販のやつかしら?」

「そこらへんは企業秘密。織部さんがまた食べたいっていうのなら、家で焼いてきてあげるよ」

「…………」


 レイは口元に手を当てて、しばらく言葉を探していた。


「結城くん、才能あるわね。将来、自分の割烹かっぽうを持ちたいとか?」

「それは褒めすぎ。料理屋でバイトする予定も、料理の専門学校へ通う予定もないよ」

「もったいない。高校生でこれだけ料理ができるのに」

「いいんだ。お金を稼ぐためのスキルじゃない」


 自分と母親の料理がつくれたら、そして母親が少しでも喜んでくれたら満足。


「あれ? お父さんは?」

「亡くなった。10年くらい前に。俺は幼かったから、母親と2人暮らしが当たり前だった」

「ごめんなさい。変なことを訊いちゃって」

「いいよ、別に。それより、卵の採点は?」

「そうね……」


 レイのことだから100点はありえない。

 60点もらえたらおんかもしれない。


「保温ランチジャーで温かさをキープするのは妙案。正直、びっくりしたわ。でも、インパクトに欠ける。よくできた玉子焼きには違いないけれども、特徴のない玉子焼きでもある」


 だから80点。

 思ったより高かった。


「織部さんならそういうと思って、タレを持ってきた。こっちにも出汁をつかっている。卵に入っている出汁とは別の種類ね。それと大根おろし」

「待って、待って、待って……なにを考えているのかさっぱり……」

「こっちが本当の完成形。さっきのは実力の半分」

「うぐぅ……私を騙したわね」

「情報の小出しという」

「この……」


 レイの手が怒りでワナワナと震えはじめた。

 へそを曲げるかと思いきや……。


「そんなの! 絶対おいしいに決まっているじゃない! 約束されたおいしさというやつだわ!」

「食べるのか? 食べないのか? それが問題だ」

「あなたって人は、すぐに私を挑発する」


 まずは大根おろしをのせる。

 そこにタレを垂らして口まで運ぶ。


 もぐもぐもぐ……。

 不承不承ふしょうぶしょうといった調子で食べるレイ。


「おい……しい……」

「ん? なんだって?」

「ああっ! もうっ! おいしいわよ!」


 目に涙を浮かべちゃって悔しそう。

 レイにイジワルをしたのは反省だけれども、ストレートな感情を見せてくれた嬉しさの方が、今回は何倍も勝っていた。


「もう1個食べる?」

「私を物で釣るなんて、いい度胸ね」

「俺に食べられるより、織部さんに食べてもらった方が、卵も嬉しいってさ」

「へぇ〜、あなたって、人を動かす天才かもね」


 レイは満足そうに舌をぺろりと動かした。

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