第13話

 レイが耳にしたという噂。

 もちろん、テツヤに関することだった。


「結城くん、怒ってくれたそうね」

「んん? いつだっけ?」

「告白してくれた日」


 あったな。

 ゲームで負けたやつが織部さんに告白しよう。

 クラスの男子がふざけた罰ゲームを用意していた。


「たしかに、怒ったな。そいつの胸ぐらを締め上げた。どうやって知ったの?」

「クラスの女子が教えてくれたのよ。というのも……」


『なんで結城くんからの告白をOKしたの⁉︎』

『そもそも、結城くんと接点あったの⁉︎』


 何回も何十回もかれて、レイは辟易へきえきしていたらしい。


『わかった! 結城くんが怒ってくれたからでしょう! 罰ゲームで女子に告白するとか、最低の陰気ヤローだな! みたいな』


 レイはびっくりした。

 罰ゲームで告白されたことは過去に何回かあった。

 けれども、止めようとしてくれた男子は今回がはじめて。


「どうして私に味方したのよ?」

「いや、特に理由はない」

「はっ?」

「理由はない」

「そんなわけないでしょう」

「アレと一緒だよ。重い荷物を持って大変そうなおばあちゃんを見つけたら、織部さんだって助けるだろう」


 いわばボランティア精神。

 そういうこと。


「ちょっと、ちょっと……。じゃあ、私は非力なおばあちゃんと一緒ってわけ?」

「そういう意味じゃないけれども」

「だったら、なによ?」


 どうした、この子。

 そんなに理由が気になるのか。


「もしかして、好きだから、て答えを期待している? 織部さんを好きだから助けたんだ。罰ゲームの玩具おもちゃにするあいつらを許せなかった。本当なら顔面がボコボコになるまで殴ってやりたかった。……そんな答えを期待している?」

「はぁ⁉︎」


 レイの椅子がギギッと鳴った。


「えっ⁉︎ ちょ⁉︎ 何様⁉︎ 結城くんって、好きな女の子の悪口を聞いたら、ブチ切れちゃう人なの⁉︎」

「もし織部さんが望むのなら、君の悪口いうやつらに、片っ端から頭突きを食らわせていくけれども」

「やめてよ。そんなの、テロリストと変わらないわ」

「テロリストって……」


 レイは真顔をキープしているけれども、声に隠れている嬉しさまでは消せていない。


「でも、なんで俺に謝ったの? ありがとうなら理解できるけれども、ごめんなさいは理解できないな」

「それは……なんていうか……ほら……」


 ぽんっ!

 赤面したレイは、視線をさまよわせる。


「結城くんのことを勘違いしていたから」

「無理もないよ。織部さんはこれまで、ルックスにかれた男からたくさん告白されたんだろう。俺だって、そんなミツバチの1匹に見えただろうね」

「う〜ん、ミツバチというより……」

「というより?」

「ハチドリあたり」

「ぷぷっ、ハチドリって、おもしろいね。織部さんはおいしいみつをサービスしてくれなさそうだけどね」

「どうして結城くんは、私の感情を逆撫さかなでする天才なのかしら」

「それはアレだよ」


 テツヤは指をクルクルさせて、レイの注意を引いた。


「織部さんと話すのが楽しいから。より正確にいうと、織部さんの反応を見るのが楽しいから」

「はぁ? 私と話すのが楽しいの?」

「そうだけれども……。あれ? おかしい?」

「イヤイヤ付き合ってくれているのかと思ったわ」

「それはない。織部さんと話すのは普通に楽しくて刺激的だよ」

「へぇ〜、結城くんって変わり者ね」

「あはは……」


 君にいわれたくないけどね。

 そういう本音は胸の奥に隠しておく。


「はじめて。私と話すのが楽しいなんて男性」

「いやいや、織部さんは普通におもしろいよ。妹のマナカさんだって、俺と同じ考えじゃないかな」

「あっ、もしかして、マナカのことを狙っている?」

「どうして話がそっちに流れるかな〜」


 テツヤはやれやれと首を振る。


「わかった。本音をいう。マナカさんともう1回くらい会ってみたい」

「ほら、マナカに興味があるんじゃない」

「俺がマナカさんに訊きたいのはね、普段のお姉ちゃんがどんな様子なのか? 好きなものは? 嫌いなものは? 趣味は? 特技は? 朝型? 夜型? 犬と猫ならどっちが好き? そんな質問をしてみたい」

「なっ……あなたって人は……」

「だって、織部さん、教えてくれないだろう」

「むぅ〜」


 レイは、あきれてものがいえない、という顔つきに。


「織部さんって、表情が多彩だよね」

「うるさい」


 思いのほか話が盛り上がったせいで、昼休みの半分が終わってしまった。

 テツヤは保温ランチジャーを取り出して、正面をレイに向ける。


「おかずをたくさん用意してきた。今回も織部さんに採点してもらおうと思ってね」

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