第12話

 翌朝。

 テツヤはぶっ飛んだことを思いついた。


 もし、自分とレイの関係を続けていけば……。

 トゲトゲした性格がちょっとは変わるのでは?

 隠れちゃっているレイの優しさが顔を出すのでは?


 これは危険なギャンブルである。


『相手の性格を変えようとするのはNGです』

『男女が破局する原因になります』


 恋愛ハウツー本によく出てくる注意だ。


 テツヤもバカじゃない。

 生まれ持った性格が簡単に変わらないことくらい知っている。


 レイにはステキな部分がたくさんある。


 嘘をつかない。

 猫をかぶらない。

 自分に不利になることでもテツヤに打ち明けてくれる。


 いいな、と思う。

 テツヤの理想の女性である。


 レイは本当に氷帝なのだろうか。

 高校の3年間、独りぼっちで終わりたいのだろうか。


 それを自力で突き止めたいという好奇心が、テツヤに次なる行動を起こさせた。


 今日も弁当をこしらえる。

 原付にまたがり登校すると、さっそく男子たちに囲まれた。


「なあなあ、結城」

「織部さんと連絡を取り合ったのかよ?」

「というか、SNSの返信とかくれるのかよ?」


 テツヤはわざと惚気のろけたような顔をした。


「うん、ちゃんと返信をくれるよ。織部さん、SNSとか得意じゃないけれども、精一杯返信を打ってくれる姿勢がかわいいかな」

「マジか⁉︎」

「すげぇ⁉︎」


 よしよし。

 回答としては100点だろう。

 自由に妄想して楽しんでくれ、が本音である。


「ラブラブなの?」

「好きだよ、とか、愛してる、とかは?」

「まさか。そこまでの仲じゃないよ。織部さんは慎重派なんだ。ゆっくり2人の距離を埋めていきたい女の子なんだ」


 ヒュー! と男子たちの歓声が上がる。

 結城、お前って男は!

 できるやつだな! と。


 これでいい。

 トゲトゲしい氷帝様も、けっこう初心うぶなところがある、という設定でいこう。


「ありがとな、結城!」

「次回の氷帝レポート、期待している!」

「俺たちの楽しみが増えたわ!」

「あはは……」


 そして昼休み。

 弁当と水筒を抱えて、ダッシュで教室から抜け出した。


 郷土資料室のドアをノックする。

 ドキドキしながら入ってみると、レイが椅子に腰かけており、昨日と同じアンニュイな表情をしていた。


「こんにちは、織部さん」

「…………」

「もしも〜し……織部さん?」

「んっ⁉︎ ああ……結城くんか……はい、こんにちは」


 あれ?

 今日は声に冷たさがない。


 というより、テツヤの顔を見て、一瞬ビクッとなった。

 まるで苦手な昆虫でも見ちゃったみたいに。


 テツヤは着席した。

 なぜかレイは視線を合わせてくれない。


 なぜ?

 理由を問いたいけれども、レイのことだから怒りそう。


「今日は織部さんだよね? 妹のマナカさんじゃないよね?」

「当たり前じゃない。そう何回も風邪を引いたりしないわよ」

「頬っぺたがちょっと赤い……じゃなくて、血色けっしょくがいいと思ってね」

「えっ⁉︎ 嘘っ⁉︎」

「マジ」


 びっくりしたレイが顔の半分を隠してしまう。

 そういうところ、素直だよな、本当に。


「もしかして、俺が迷惑かけちゃった? 織部さんに不都合なことをしちゃった?」

「そうじゃなくて……」

「つまり、俺は無関係と?」

「え〜と……なんといえばいいのか……」


 この3秒後。

 信じられないことが起こった。


 レイが椅子から立ち上がったのだ。

 そして机に頭が触れそうなくらい腰を曲げた。


 まさかの謝罪。

 今度はテツヤが動揺してしまう。


「ど……どうしたの?」

「ごめんなさい!」

「はぁ……」

「本当に、ごめんなさい!」


 あっ、これ、わかったぞ。

 カップルを解消しましょう、て流れだ。


 一晩考えてみた。

 やっぱりテツヤとは無理。

 レイの中でそう判断したのだろう。


 仕方ない。

 事故で成立しちゃったカップル。

 元からこうなる運命だった。

 つまり、潮時しおどきだ。


「わかったよ、織部さん。きっぱり手を引こう」

「はぁ? なんのこと?」

「俺たちの関係、精算したいってことだろう?」

「いや……そうじゃない……なんでそうなるのかしら」

「違うの?」

「違う」

「カップルは継続?」

「そうよ、だって……」


 レイは手元にあるハンカチを頼りなさそうに握る。


「すぐにカップル解消しちゃうと、マナカが悲しむでしょう」

「いま何と?」

「マナカが悲しむでしょうが! カップル解消しちゃうと!」

「そうなの?」

「そうなのよ!」


 カップル継続とわかって、ほっと胸をなで下ろす。


「じゃあ、なんで謝ったの?」

「それは……その……あれよ、あれ」

「あれ?」

「わかるでしょう」

「いや、無理。理解力が弱い俺でもわかるように教えてほしい」

「くっ……こいつ……」

「織部さん自慢の国語力を見せてほしいな」

「ああ、もう、あなたって人は」


 怒ったかな? と思いきや、レイは胸の前で指先をツンツンした。

 恋に悩んでいる乙女みたいに。


「あのね……とあるうわさを聞いたのだけれども……」

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