第9話
レイは里芋をたっぷり噛みしめたあと、うっとりした表情で飲み下した。
「これは……う……」
「う?」
「お……お……お……」
「お?」
「おいしい!」
ぱあっと花が咲くように笑う。
あの氷帝が!
満面の笑みを見せた!
思わずガッツポーズをしたくなったが、ここはぐっと我慢しておく。
「あれ? 煮っころがしには、うるさいんじゃなかったの?」
「そうよ。うるさいわよ。でも、おいしいから仕方ないじゃない。私は正直な感想を伝えただけよ」
「へぇ〜、織部さんでも、素直に
「なっ⁉︎」
レイの目が吊り上がる。
「いっとくけどね! 私が褒めたのは、結城くんが料理してきた煮っころがし! 結城くん自身を褒めたわけじゃないから! そこらへん、
「それって、一緒じゃないかな? 要するに、俺の料理スキルを褒めたわけだよね? 申し訳ないけれども、素直に嬉しいよ」
「生意気ね。校内模試で国語の成績がトップだったこの織部レイに盾突くの? 論破したいってことかしら?」
そこが限界だった。
テツヤは腹を抱えて笑い出す。
「あっはっはっはっは! ダメだ! おもしろすぎる!」
「なんですって⁉︎ 私のどこがおもしろいのよ⁉︎」
「だってさ……」
笑いすぎて
「盾突くなんて言葉を日常会話でつかう人、はじめて見たから。織部さん、おもしろすぎるよ」
「でも、盾突くの意味は知っているでしょう⁉︎」
「まあね。1年に1回くらい、本で見かけるかも」
「だったら、理解できる言葉じゃない⁉︎」
「いやいや、そうじゃなくて……」
これじゃ、売り言葉に買い言葉。
まるで小学生のケンカだ。
「オーケーオーケー。俺が悪かった。失礼なことをいった。お詫びといっては何だけれども、煮っころがしをもう1個あげるから、今回のことは許してくれないか?」
「食べもので私を手なずけようってこと?」
「俺にできる最大限の誠意だよ」
「なら、仕方ないわね」
レイは渋々といった様子で、煮っころがしに爪楊枝を立てた。
口まで運んでモグモグする。
「なぜこんなにおいしいの? 理解に苦しむわ。だって、結城くん、あまり器用そうに見えないのに」
「人を見かけで判断するなんて、織部さんらしくないね」
「どうしてこの男は、一言多いのかしら」
里芋を食べ終わったレイは、
相変わらず視線はトゲトゲしい。
けれども、テツヤに興味を持ってくれたのは明らかだった。
「そういや、肝心なことを聞いてなかったわね。結城くんは、どうして私に告白したのよ。それなりの理由があるってこと?」
「まあね。もしかして、この場で話せとかいわないよな。俺の飯が不味くなってしまう」
「話しなさいよ。聞いてあげるから。私の外見とかいわないでしょうね」
「まさか」
テツヤは胸元をトントンして、ご飯を飲み下した。
「理由はいろいろある。織部さんのこと、おもしろい人だと前々から思っていた」
「変わり者ってこと? でしょうね、たしかに私は変わっているわ」
「そうじゃなくて……」
1年くらい前。
当時3年生だったイケメン先輩から告白されたとき。
「織部さん、ボロクソに
ああいう主張ができる人、純粋にすごいと思った。
歯に衣着せぬセリフだったから、見ていてスッキリした生徒は多かったはず。
「ふ〜ん……あったわね、そんなこと。あの一件があって以来、氷帝とか雪の女王とか呼ばれるようになったから、意外かも」
そういうレイの声は弾んでいる。
「結城くん、変わり者ね」
「織部さんほどじゃないけどね」
「でも、結城くんのこと、悪くないって思ったわ」
「それって、どういう意味?」
「ヒミツ」
レイがあごの下で指を組む。
それだけの
「そうそう、忘れないうちに……」
テツヤは携帯を取り出した。
「連絡先を交換しないかな。いや、織部さんのプライベートを知りたいとか、そういう下心があるわけじゃない。表向きは、恋人なわけだから、連絡先を知っておいた方が便利だろう」
「ああ……」
レイの返事は弱々いい。
言い訳を探すように、視線をキョロキョロさせる。
「あれ? ダメなの?」
「別にダメじゃないけれども……」
「SNSの本垢を教えたくない、とかなら、捨て垢を用意してくれてもいいよ」
「はぁ? ホンアカ? ステアカ? それって何?」
「えっ?」
「えっ?」
しばらくの沈黙。
「まさか、まさか、まさか、織部さんって、SNSとかまったく利用しない側の人間? よもや、よもや、よもや、国語の成績が1位なのに、本垢と捨て垢の意味がわからない?」
「うっ……」
レイの頬っぺたがリンゴ色になる。
なんだよ。
「仕方ないでしょう……ネットスラングとかには弱いもん」
「はぁ……」
意外に愛らしい一面があるんだね。
そう口走りそうになり、なんとか飲み込んだ。
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